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きりこかぶさん

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盲目の画家

16/12/05 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:0件 きりこかぶ 閲覧数:329

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足元に落ちたパンフレットを拾い、渡そうとしてハッとした。車椅子に乗った初老の男性は濃いサングラスをかけ、絵の方を向いたまま反応を示さない。
目が不自由なのか、いや、それだったら美術館に来るわけがない。
「有難うございます」
 奥様だろうか、介助の女性が笑顔でパンフレットを受け取り、男性の手に触らせた。男性は手でまさぐりパンフレットを握る、盲目であることは間違えなさそうだ。
 二人とも音声ガイドのヘッドホンをつけている。その音声で「絵」を共有しているのだろう。男性は微動だにしないで絵の方に顔を向けている。
目の前にはカラヴァッジョの「病める少年バッコス」。若きカラヴァッジョの自画像とされる作品で、横向きにこちらを見る目が何を訴えているのだろうと考えさせられる。しかし、私の頭のなかは一転、その絵を見つめる男性が何を思いながら見えない絵に向き合っているのか、そちらの方に興味が湧いた。
鑑賞を終えて外に出た。ベンチに腰かけていると、先ほどの女性がやってきた。
「先ほどはどうも。横、いいかしら」
「ええ、どうぞ」
 女性はほほ笑むと、ヨッコラショと気さくに腰かけた。ほどよく化粧された横顔には初老の気品が感じられる。
「あの、お連れの方は?」
 私が聞くと、女性は庭を指さした。ガラス壁の向こうに、車椅子に乗った男性が外を向いて座っている。日差しを浴び、木々が静かに揺れている。
「気持ち良さそうですね」
「ほんと、いい天気になってよかったわ」
 女性が小さく息を吐いた。彼のことをいろいろと聞いてみたくなった。
「美術館にはよくいらっしゃるのですか?」
「ええ、主人がここを気に入っていてね、新しい催しが来るたびに来ているわ」
「なにがいいんですか?」
「空気がいいんですって。匂いとか温度とか、なんか感じるんでしょうね……お気づきのことと思いますけど、主人、目が見えないの。絵を観に来るなんておかしいでしょ?」
「ご主人にはなにかが見えるんでしょうね」
 女性はほほを緩めてうなずいた。
「彼、小学校二年生のときに光を失ったの」
小学校入学の際の健康診断で、あと一年ほどで目が見えなくなることがわかると、彼の
両親は、彼の目が見えるうちにできるだけ多くの「本物」を見せるように努めたという。
本当に美しいもの、そして自然。彼はそのときに身につけた「目」で、いまもいろんなも
のを見ているのだろう。
「私は彼と小学生がいっしょだったの」
「まあ、そのときからのおつきあいとか?」
「結婚するとは思っていなかったけど、小学校の卒業文集に、彼が『将来の夢は画家になること』って書いていたのが忘れられなくてね」
「画家に!?」
「そうなの、びっくりでしょ? 盲目の人が画家になりたいだなんて」
 小学校卒業後、彼は近所に新設された盲学校の中学部進み、再会したのは大学生のとき
だという。
「私がね、卒業アルバムのことを持ち出して、ちゃんと絵、描いてる?って聞いたのね。そしたら、真顔で描いているよって。どんな絵?って聞いたら、今度、見せてあげるよって。そうしたら、忘れたころに彼から分厚い封筒が届いたの。出てきたのはなんだと思う?」
「……絵が描かれたノートとか?」
 彼女は首を横に振った。
「詩集だったの」
「詩集!?」
「ええ、聞いたら『僕の絵だよ』って。頭のなかに絵を描いて、それを詩で表現したってことみたい」
 彼女は首をすくめた。
「桜の花びらは美しい。美しいから美しいのではない。汚れを知っている者が見るから美しいのだ……そんな詩があってね、私の頭のなかにパーッて、桜吹雪が舞い散る絵が広がったの。ほんとだ、彼は絵を描いているんだなあって」
「ご主人はいまも絵を描かれているのですか?」
「ええ。まあ、誰も彼を画家とは呼ばないけれどね」
 穏やかな顔でニッと笑う。
 ルルルルールルルールルルー……。
 彼女の携帯が鳴った。
「お疲れさま、いまから行くわ」
 携帯をしまいながら、ほほ笑んだ。
「主人、絵を描き終えたみたい」
「じゃあ、お元気で」
 彼女は庭に向かって颯爽と歩いていった。


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