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深海映さん

短編やショートショートが好きなモノカキ民

性別 女性
将来の夢 星の見える田舎で晴耕雨読の暮らし
座右の銘 飯は食いたい時が食い時

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デイジーの咲く庭

16/10/24 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:0件 深海映 閲覧数:344

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 私は脚を引きずりながら30年ぶりに隣国の地を踏みしめた。

 私の国は30年前に和解条約が締結されるまで長いこと隣国占領されており、私も若い頃は祖国復帰のため兵士として戦ったのだ。
 辛い戦争の記憶から、私はしばらく隣国を訪れるのを躊躇していたが、いざ来てみればなんてことは無い、隣国は戦争の面影など無いほど発展しており、もはや私の知る街はそこには無かった。

 大きな噴水のある公園で、小さな子供連れの夫婦が楽しげに笑うのを見ながら私は思う。
 そうだ、30年だ。
 30年もあれば、その時に生まれた子供が大人になり、子供を生んでいてもおかしくない。そう、ちょうど彼らのように。

 だが彼らにとっては一生分の時間でも、私には、つい昨日のことのように思い出される。
 今でも私は、時折あの日の出来事がフラッシュバックし、眠れないことがある。
 あの過酷な戦場とそこでの日々――私は自分の不自由になった脚を見つめた。

 この脚は1人の隣国の兵によって撃たれたものだ。
 そのスナイパーはまず冷静に脚を狙い、そして私の胸を撃った。
 胸の弾丸は僅かに心臓をそれ、私は一命を取り留めた。
 しかし処置が悪かったのか、私の脚は元のようには戻らなかった。

 戦後、足の不自由になった私を、妻は嫌な顔一つせずに迎えてくれた。
 私はそんな彼女のために頑張ろうと思ったが、足の不自由な私を雇ってくれる会社などなく、妻が私の代わりに働く事となった。
 小さな2人の子供を抱えながら懸命に働く妻。やがて妻は過労と貧困により倒れ、帰らぬ人となった。

 こんな風にしたのは誰だ? 私はあのスナイパーのことを思い浮かべた。そうだ、あいつが悪い。あいつが私のすべてを狂わせたのだ。

 私は敵国のスナイパーのことを調べ始めた。
 そして時間はかかったが、最近ようやくそいつの身元を突き止めることに成功したのだ。
 
 私は白い壁の古びた家の前に立った。
 この家の中に奴がいる。深呼吸しながら考える。
 奴に会ったらまず何を言おう? 自分の境遇、祖国の事、そして……私はポケットの中の小さなナイフを握りしめた。

「うちに何かご用ですか?」
 ふいに背後から声をかけられた。そこにいたのは一人の老婦人だった。
「うちに」ということはもしや奴の細君か。
「あ、ええ。お宅のご主人に少し用が」
 私は動揺を悟られぬように言った。
「そうですか。主人はもう少しで帰ってきますので中に入ってお待ちください」
 こうして、私は奴の家に潜入することに成功した。

「綺麗な庭ですね」
 応接室に通された私は大きな窓から見える立派な庭園にため息をついた。
「良かったら主人が戻ってくるまで少しご覧になって下さい」
 私は細君に促され美しい庭に出た。
 そこには白く小さな花が1面に咲き誇っていた。
 花の名前を聞くと、細工は「デイジーです」と笑いながら答えた。
「主人は昔、庭師だったのです。手先が器用で、草木や花を愛する繊細な人でした。それが戦争がはじまり、召集令状が来て。この庭も一度は空襲で焼け焦げてしまったんですけど種をまき、木を植えてなんとか元通りにしたんです。」

 細君が重い口ぶりで話し出す。
 すると玄関の方から老人の声が響いてきた。
「客が来ているのかい? 庭はいま、どんな具合だ? ぼくの愛した庭は」
 
 そこにいたのは間違いなく私の足と心臓を撃ったあの男だった。
 しかしその姿は私の記憶の中のあの悪魔と大きく異なっていた。
 目が見えないのだろう。サングラスをし杖を突いた小さく痩せた老人。
 その右脚は無く左手は義手だった。

 もはや見えない庭を探すように、彼の視線は空中を彷徨う。
 私は答えた。
「レンガの道の先には薄紅色の薔薇がアーチを作っています。中央には青いパンジーが。窓の正面には白くて可憐なデイジーが風を受けて揺れています。立派な庭だ」
「そうか良かった」
 男はそう言って頷いた。その声は涙で震えていた。
 
「ところであなたは」
 男が尋ねる。私は思案した末こう答えた。
「戦友ですよ。同じ時代を戦い抜いた。あなたは覚えていらっしゃらないでしょうけど」 
 彼は私に手を差し出した。
「あなたもつらい時代を過ごしてきたのですね」
 私はゆっくりと彼の手を握った。その手は暖かくかつて私を震え上がらせた悪魔の姿は、そこには無かった。いやそんなもの、はじめから存在しなかったのだ。ただそこには時代に翻弄された男たちがいただけ。

 男の家を出ると私は公園の横を通り、楽しそうにしている家族連れを横目に、噴水の中にナイフを捨てた。 
 白いハトが青空に向かって大きく弧を描き羽ばたいていく。
 こうして、終戦後30年経ってようやく、私の戦争は終わりを告げたのだ。
 


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