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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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闇の掌

16/08/28 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:9件 冬垣ひなた 閲覧数:1729

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『お父さ……ん……私……』
「愛花……!」
 泣きじゃくる父親には見えない。見えないが、此処にいる。
 霊視を終え、仏壇に浮かぶ透き通る制服姿の少女の霊に手を合わせ、黒いワンピースに身を包み正座したレミは、労わるように父親へ語りかけた。
「大丈夫。お嬢さんは、お父様を恨んでなどいませんよ」
 声にならない声で、父親が両手の拳で畳を何度も叩いた。最愛の娘を失った傷はいつ癒えるのか、部外者のレミに分かる由もない。
「それでは」、不愛想な言葉一つでレミは依頼を終える。
 家の外に出ると、さざ波のように明るく笑う街並みはとりあえず穏やかに見えた。日常のヴェールの下にはすぐ、何百何千という、この世ならざる者の暗い瞳があるというのに。
 闇ばかりが見えるのは生まれつきだ。レミは名うての霊能者だった。
 やっかむ同業者の中には言うに事欠いて『死神』、そう囁く者もいるが、レミを頼り迷い出た依頼主の娘の霊にも同情はする。とりあえず帰ったら酒でも飲もう。



 逢魔が時の帰り道、路面電車の走る長い坂道をだらだら下っていると、突然レミのスカートの裾を引っ張る手があった。
「あ」
 しまった。捕まった。
『おねえちゃん……』
 女の子の声だ。歳は5才くらい、半透明でむき出しの左腕から指先までの部位が宙を漂っている。
『つれていって……』
 下手に霊力があると、通りすがりの幽霊に縋られることも多いので困る……はぐれ者の三十路近い女が「おねえちゃん」と言われ、舞い上がったわけでないことは、特に付け加えておく。
「あのね、お姉ちゃんは『仕事』が終わって疲れてる所なの。それに、この世を渡るには『お金』も必要なの。マネー、分かる?」
 宙に浮いた手がもぞもぞとすると何かが現れた。薄汚れた熊のぬいぐるみだ。
『……あげる』
 泣きそうな声で言う。
『かのんちゃんのだいじなくまさんだけど、あげる。だいじなくまさんだけど!』
「分かった、分かったから。それはしまって」
 レミは幼い手を握って、仕方なく霊視を始める。
 霊は迷う。
 いまわの際に残した想いが強いだけ、この掌の温かかった時、何を握っていたのか、思い出せない者も少なくない。
 愛する者の手でさえも。
 幽霊のこころが創る身体は、哀しいほどに冷たい。
 ……視えた。
「かのんちゃん。お家に帰りたいんだ?」
 それは幼い、強い願い。
 ささくれたレミの心を動かすには十分だった。
『帰りたい……ママに会いたい……』
「そっか……じゃあ、折角だから帰っちゃおっか!」
『やったぁ!』
「ママ、うんとびっくりすると思うな」
『うんうん!』
 家は、この路面電車の終着駅の近くにあった。
 電車に揺られながら、レミは霊の小さな手をずっと握りしめた。
 もう二度と温かくならない手だった。
 

 霊視した場所をスマートフォンで確認しながら行くと、レミはやがて古びたアパートに辿り着いた。
『ここだよ!』
 レミは、かのんの掌を撫でた。そして紙のようなものを握らせる。
「約束して。かのんちゃんの気が晴れたら、これを持ったまま明るい光の見える先へ行くんだよ。そこが、次の世界」
『これ、なあに?』
「冥銭っていうの。三途の川を渡るための、お金の代わり」
 かのんが、姿を現した。
 母親に折檻され死んだ末、手足を、全身を、バラバラに切り取られ、ボストンバッグに詰めて山林に埋められた無残な姿の女の子は、ようやく家に帰り着き、レミに『じゃあね』と言い残し、扉の向こうへ消えていった。
 中から女の絶叫が上がった。
 それ以上は聞く必要もない。
 恨みを言い尽せば、あの子はまもなく成仏するだろう。
「バイバイ、かのんちゃん」
 レミは弔いに、静かに手を合わせた。


 一週間後、公園のベンチで新聞を広げ、あの母親が娘殺しで自首したという記事を読んだ。幼子の無念は晴れたろうか。
 その時レミのスマートフォンが鳴った。
「先日依頼した田中です」
 愛花の父親との長い会話が続く。
「ええ。自殺に追い込んだいじめのグループに、お嬢さんは直接話があると……やはり恨みをお届けしますか」
 ……同業者はレミのやり方を呪いだ、悪霊使いだとかいう。
 何の事はない、恨みは晴らせば消える。レミはそれを送り届けるだけだ。幽霊のストレスフリーを考えるのは悪い事だろうか?
『クルシイ』
『タスケテ』
 生きている間に誰かが聞く耳を持てば、死ななくて済んだ命なのだから。
 電話を終えたレミは、掌を太陽に透かす。
 その手に何かが触れた。
 かのんの掌だ。
『バイバイ』
 小さな声はレミに冷たい感触を残したまま、清らかな光に吸い込まれた。
 バイバイ、次は幸せになれるといいね。


 ……その余韻をかき消すように、呼び出し音が鳴る。
 どうやらまた、新しい依頼らしい。


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このストーリーに関するコメント

16/08/28 あずみの白馬

拝読させていただきました。
とてもせつない空気の中に、どこか暖かさを感じる作品でした。
かのんちゃんの来世の幸せを思わず祈らずにはいられませんでした。

16/08/29 滝井渚

冬垣ひなた様

拝読しました。
とても考えさせられる作品でした。
世の中が荒んで恨みつらみが渦巻く世界、そのな中で成仏出来ないままで居る人々、レミはまさにその人々を救う為に存在しているのですね。
かのんちゃんを空へ、光へ導く・・・

今の私達が生きる世の中は地獄なんでしょうか?
そして、心優しき人達が天に召される。

そのな事を考えてしまいました。

16/09/01 泡沫恋歌

冬垣ひなた 様、拝読しました。

面白い! 掛け値なしにこの作品は面白かったよ。

これは単発で書くのは勿体ない。
霊能力者レミさんのシリーズとして、続けて書いていったらいいと思う。
みんな、こういう怖くて、切ないお話は大好きだもの。

わたしなら、霊能力者レミさんのシリーズ読んでみたいです(`・ω・´)ハイ!

16/09/04 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・画像はストック・フォトからお借りしました。


あずみの白馬さん、コメントありがとうございます。

こういう方向で重い作品は初めてなのでとても書くのに迷ったのですが、暖かいと言って頂け嬉しいです。かのんちゃんが無事あの世に行けるよう、私も心から願います。


滝井渚さん、コメントありがとうございます。

かたき討ちの話は昔からあるのですが、最近の場合は悪の側で語られるのですね。それは正しいことかもしれませんが、滝井さんが仰るようにもやっと残るものはあります。可哀想だけで済ませられない、拠り所のない恨みは誰しも感じる当たり前の感情で、そういう所を今回描いてみました。

16/09/05 冬垣ひなた

泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。

面白いと言って頂けて感謝します。ラストは迷ったのですが、自分の作風から離して書くのもどうかと思い、ハッピーエンドに近い形で仕上げました。ちなみにレミさんのフルネームは黄泉坂レミといいます。作ったキャラ設定が未消化なので、いつか書けたらな。しかし私、長編の第一章のような作品多いですね(汗)。


海月漂さん、コメントありがとうございます。

昔のように、生と死の境界が薄い世界観を、現代に引っ張ってきた形ですが、双方の声を聞くレミは生きづらいと思います。そういう所を表すのに力を入れたので、キャラ性も強くなっていますね。もともと書くことに臆病なので、次を読んでみたいと言って頂けて嬉しいです。

16/09/06 葵 ひとみ

冬垣ひなたさま。

拝読させて頂きました(^^*)
最初は「恐怖」の一言でしたが、
何度も読み返すうちに「霊媒体質」と言う言葉が浮かびました、
細やかな情景描写や見事な伏線で読めば読むほど奥の深い素晴らしい作品だと思います。

16/09/06 冬垣ひなた

葵 ひとみさん、コメントありがとうございます。

ざっくり言えば悪意で悪を征する話ですが、恨みは人間社会がつくったもの、あの世の理で仕事をしているレミにとっては、人間の方が惨い生き物なんだと思います。今回は特に感覚的なものを大切にして書かせていただきました。丁寧にお読みいただきありがとうございます。

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