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水面 光さん

■ホームページ「水面文庫」 http://www.minamo-bunko.com/ 忙しい中でも身を粉にして執筆活動しております。ジャンルとしては現代ファンタジーが中心でございます。よろしくどうぞー

性別 男性
将来の夢 物書きでメシを食う
座右の銘 人の心は変わらないから自分が変われ

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虫の幽霊は愛する

16/08/05 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:0件 水面 光 閲覧数:731

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私はそんなに眠いわけではなかったが、ネットの生放送を観るのは飽きたし、電気ストーブの電気代がもったいないし、何より寒いので、布団に入ることにした。電気敷毛布を稼働させているとはいえ、あったまるにはしばらく時間がかかりそうだ。しもやけだらけの足が冷たい。照明を消すにはまだあと服薬と口の手入れ、それからトイレにも行かねばならないのでつけたままにして、私は布団の中でじっとして目をつむっていた。その現象はまず末端の手足の指から始まり、徐々に全身に広がった。毛穴という毛穴から線虫のようなすこぶる元気な虫が入り込み、体中を這いまわった。耐えられなくなった私は起きてまだ早いのに服薬した。念のため頓服薬もやった。胃に若干違和感を覚えたものの、また布団に入った。どうにも胃が痛いので上体を起こし、胃の中のものが腸へと流れ込むのをしばらく待った。楽になったのでまた身を横たえた。寝返りをうった。片方の耳をどうしても枕にぴったり押し付けたかった。冷たいからではなく、聞きたくないからだ。さっきからずっとミンミンゼミが鳴いている。真冬だぜ? それから虫かごの中を歩き回るたくさんのクワガタの足音がする。プラスチックの壁をあのかぎづめで執拗にひっかく音。私はこれまで数多くの虫を殺してきた。もちろん、殺したくて殺したんじゃない。死んだんだ。私がつかまえたから死んだ虫も居たが多くは自然に死んだ。私には彼らのことを感じ取る能力があった。いや、能力というのは大袈裟かもしれないがとにかく私はずっと彼らの存在を感じていた。幽霊というのはたいてい夏に出るものと思われがちだが、冬のそれの恐怖は夏よりも何倍も怖いと言っていい。第一冬というのは死の季節ではないか。植物も枯れているし、虫など一匹も歩いていない。なのに私の頭の中は真夏以上にとてもにぎやかだった。季節感などまったくない。あるとすれば唯一しもやけがそれを物語っている。昔、母と弟と三人でこの離れで夜眠ったことを思い出す。親父と別居し始めて間もない頃だった。枕もとではそんなことどこ吹く風のクワガタたちが夜中じゅうプラケースの壁をひっかいていた。多少寝心地の悪さを感じたものの朝にワープしたら、まだ彼らの行為は続いていた。「ごめんな、こんなところに閉じ込めたりして。でもお前らはもうボクの中に入った。永遠の存在になれたんだ。身が滅んでもまだ生きていられる」そうとも、私の命が続いている限り、彼らはまだ生き続けることができる。そしてその現象は私にだけ起こるものではない。どこかで誰かが私と同じような経験をし、虫たちの魂は継承されていく。だが、もう少しどうにかならないものか。これでは眠れない。あのときと同じ多少の寝心地の悪さを感じるものの、服薬さえすれば、また朝にワープできる。ヤクさまさまだ。ミンミンゼミはまだしきりに鳴いているし、クワガタもまだあの行為をやめない。線虫のほうはかなり落ち着いてきたようだ。こんな毎日を繰り返しているといつか発狂するのではないかと心配する人も居るかもしれないが、私は逆に安心している。彼らの存在を死ぬほど感じることによって逆に心底安心するのだ。明日もその次の日も、またその次も、ずっと同じことの繰り返し。しかし、この現象を工場勤務していた頃のようにいまいましく思うことは絶対にない。むしろこの上ない幸福感につつまれる。私は彼らを愛している。それは今も変わらない。忌まわしいことがあるとすれば彼らの存在を感じ取れなくなったとき、つまり、私があの世に召されるときだ。ただ何度も言うようだが私一人が死んだところで虫たちの魂が誰かの心の中に必ず継承されることに変わりはない。もし私が彼らと同じ存在になったとき、同じくあなたがたに幸福をもたらすだろう。それは約束しておく。いつまで続くんだろうなと思うことはあるがたぶん生きとし生けるものが生きている限り、永遠に続くよ。「袋わけましょうか?」「あ、一緒でいいですよ」コンビニでの何気ないやりとり、そこに少しでも愛があるなら、永遠に続くよ。たとえ地球が太陽にのまれて滅んだとしても、この一瞬は、永遠に続くよ。母との思い出、子供時代の甘い記憶、生き物たちとの友情、そして愛。みんな続くよ。だから、勇気を出して一歩だけ進めばいい。いや別に進まなくてもいい。前を向いてさえいればいい。私の頭の中に聞こえてくるのは虫たちの音だけではない。とても、つらく、厳しい、罵りや、嘲弄などといった人を後ろ向きにさせる声も聞こえてくる。でも私は、ありがたいことに虫たちのおかげで前向きでいられる。たしかに彼らは私に愛を与えてくれた。愛してくれている。こんなに幸福なことが他にあろうか。


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