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水面 光さん

■ホームページ「水面文庫」 http://www.minamo-bunko.com/ 忙しい中でも身を粉にして執筆活動しております。ジャンルとしては現代ファンタジーが中心でございます。よろしくどうぞー

性別 男性
将来の夢 物書きでメシを食う
座右の銘 人の心は変わらないから自分が変われ

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蕎麦のち妄想

16/06/10 コンテスト(テーマ):第111回 時空モノガタリ文学賞 【 蕎麦 】 コメント:0件 水面 光 閲覧数:760

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蕎麦は惨めとか哀れの代名詞。できることならそれが私だけのことであってほしい。私がそう思うようになったのは三十路もそろそろ店じまいかという人生の折り返し地点にさしかかったときのことだ。あのときの光景を忘れてなるものかと思いはするが薄れゆく記憶をたどった代償はたいてい虚しさや無常観に支配されるだけのことで、それがもし人の死を受け入れるということであるなら私はあと何度くそいまいましい悪夢を見ねばならないのか。「おいしいじゃろう?」そう私が訊くと一同無言でかぶりを縦に振る。なんのことはない、蕎麦をゆであげて、水にさらし、皿に盛って、麺つゆをぶっかけたあと、卵黄をのせ、きざみ海苔ときざみネギをふりかけ、ハイ一丁出来上がり! 食にうるさい母方の伯母と母が私のこしらえた蕎麦を残らずたいらげたときはもしかして店が開けるかもとはさすがに思わなかったが実際のところ自信らしきものがついたのは確かだ。なんの自信だか、とにかくあれからもう5年以上経っている。独り、一人分の蕎麦をゆでて、ただ麺つゆをぞんざいにぶっかけただけのシロモノを食す。虚しくないわけがない。「楽しいセックスライフを過ごせてますか?」の場も空気も読めないテロに等しい件名のスパムメールを送り付けてきやがる野郎を特定して今すぐぶちのめしたいのは別に私だけではあるまい? そうとも、そのせいで虚しいのではない。あのにぎやかだった頃の思い出の切れ端が床に落ちた蕎麦の短い屑の中にも無数の小さな虫となってうごめいているようで叫びたいのをぐっとこらえる。しかしそれは何よりも幸福なことではなかったか? 残念なことに人間というのは自分が当事者にならねば事の重大さに気付けない場合が多い。その中でも今ある幸福に気付けないのはたしかに不幸と言えるのだろう。みんながこの世から去って何度目かの夏のある日、私はまた蕎麦をこしらえることにした。手軽で安いとなりゃさもありなんだ。ゆであげ水にさらし、皿に盛って麺つゆをぶっかける。そしてまた床に落ちた蕎麦の短い屑のことを想像する。すると同じようにあの光景が展開される。「おいしいじゃろう?」そう私が訊くと一同無言でかぶりを縦に振る。──かぶりを縦に? 私がおえつ混じりで蕎麦をすすっていると目の前で四頭の鹿が何度もおじぎしていた。「やらないよ。こりゃ私のだ」私がそう言うとその中のうちの一頭がおじぎをやめて答えた。「泣きながら食べると変なところに入るぞ。それより今後の見通しはどうだ? やれそうか?」私は言う。「なんのことだ?」「人生をやっていけそうかと訊いてるんだ」「貯金がなくなりゃパーだよ! どのみち死ぬんだ。早いか遅いかの違いだよ」一同おじぎをやめる。別のやつが言う。「あーいけないんだ、そんなこと言っちゃあ。秘密をばらしちゃいけないんだあ」「お前らしか聞いてねえだろ」また別のやつが言う。「もう遅い、やつらに聞かれた」「やつらってなんだ?」また別のやつが言う。「この世界を監視しているやつらだ」「おい、また被害妄想をぶりかえさそうって魂胆か? 無駄だぞ。私は毎日ちゃんと処方箋付きのヤクをやってる」最初のやつが言う。「被害妄想じゃない。言うとしたら終末妄想だ」「しゅうまつ? 私には曜日の感覚はもうない」「夢の終わりだよ。我々の存在理由はそれをお前に知らせることだ。何も終わらない。終わるのはお前だけだ。そして我々も」「死期が近いってことか?」「ある時点からお前は猛スピードで移動している。人間には必ず限度というものがある。限界なのだよ」「ちょっと待て、私はまだ何もしていない」「うそをつけ。限界まで酷使しているではないか」「夜更かしのことなら最近はあまりやってない」「そういうことじゃない。心のことだ。先生にコップ理論を教わっただろう? あれと同じことがまた起きようとしている。だが、問題はそれじゃない。問題そのものの消失だ」「まわりくどく言わずに死ぬんだってはっきり言えよ。ただ今すぐ死ぬにしても、人よりちょっと早かっただけだ」別のやつがちゃちゃを入れる。「いけないんだあ」「我々が言いたいのは意図的におこなう必要はないということだ」私は言う。「わかったわかった、こりゃご丁寧にどうもありがとさん!」──このくだりを私は何度繰り返しただろう? 最初から数えちゃいない。独りで? 馬鹿馬鹿しい。しかしあいつらが誰かは知っている。インフルエンザみたいな症状で亡くなった母方の伯母、心臓の弁が馬鹿になって亡くなったもう一人の母方の伯母、タクシーに乗ってるときに脳卒中に見舞われて亡くなった母方の伯父、そしてあの夏の朝墓地清掃に行ったきり脳卒中で帰らぬ人となった実の母だ。みんな私のことを慮ってくれているのはわかるがちょっとくどい気もしないではない。私はたとえ勘違いであろうと、みんなが居る限り、災いを恐れない。


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