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恵本とわもさん

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ユートピア

16/05/30 コンテスト(テーマ):第109回時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 恵本とわも 閲覧数:673

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そのパンフレットは、数年前に祖父がくれたものだった。
綺麗だろう、と目を細めて、僕の手に乗せてくれたのだ。それだけだが、いい思い出だった。
パンフレットの表紙の写真は、しっかりと目に焼きついている。何度見ても不思議な情景だ。
最初は、ただ町並みを上空から撮影しただけの写真だと思っていた。だが、少し角度を変えて見るだけで、建物の色が変わったり、湖が透き通って見えたりする。
実際の町並みは、もっと不思議で幻想的なはずだ。僕は、実際の町並みを想像した。
建物にはきっと、ステンドグラスで出来た窓がたくさんあるのだろう。湖は、冬の雪解け水のように冷たくて、澄んだ色をしているに違いない。
頭の中に想像した町並みは、パンフレットの写真よりもずっと美しく、目を閉じると目の前に迫ってくるようだった。手を伸ばせば届きそうだった。
僕はパンフレットを手に取った瞬間から、ずっと写真の町並みに思いを馳せてきていたのかもしれない。
夜はなかなか眠れなかった。ため息をつくたびに、空気が揺れた。闇の中に、自分以外の何かがいるみたいだった。

翌朝、早い時間に目が覚めた。
僕は、居ても立っても居られず、旅立つことに決めた。もちろん、パンフレットの写真の場所にだ。
半日かけて、やっと目的地近くの駅に着いたときには、きゅっと胸に迫るものがあった。泣きながら、ぬいぐるみを抱き寄せたときの安心感に似ている。
町並みが見える場所までは、旅行カバンを抱えて歩いた。途中から小走りになっていたが、すれ違う人はいなかったので、誰にも咎められなかった。
ようやくたどり着いた頃には、顔の半分が夕日に照らされていた。疲れは感じなかった。むしろ、踊りだしそうな気分だった。憧れの町並みにやっと会える、と思った。
だが、次の瞬間、僕は呆然と立ち尽くしていた。目の前には、そんなものはなかったのである。
ただ、さびれた古い建物が立ち並んでいるだけだった。輝きは見つからない。霧に包まれたような、くすんだ色ばかりが目に付く。
確かに写真と同じ場所であるはずなのに、その面影はなかった。
僕の頭の中にあった美しい町並みは、一瞬にして崩れ去っていった。


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