W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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旅人X

16/05/22 コンテスト(テーマ):第109回時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:858

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それは和紙でできたハガキだった。
人の温もりが伝わってくるその柔らかな手ざわりが久美は好きだった。彼女はときどき、これまで自分に宛てて届けられたそのハガキを、母親に頼んで一枚一枚、みせてもらうことにしていた。
最初の一通が舞い込んだのは、彼女が難病の筋ジストロフィーで歩くことができなくなったころのことだった。差出人の名はただ、『旅人X』とだけ書かれていた。

―――こんにちは。旅先からお便りします。

旅先はそのつどちがっていた。日本各地にまたがっていて、いろいろな風物詩、また四季折々のできごとが、インクのあともみずみずしく書かれていた。どのハガキも久美が興味をそそられるような内容にみたされていた。
久美は、そのハガキが届けられるのを、心待ちにするようになった。
『旅人X』って誰だろう。
じつは彼女には、うすうすその正体がわかっていた。きっと、お爺ちゃんにちがいないわ、趣味の俳句でいろいろ旅をしては句を認めてきたお爺ちゃんなら、こんなハガキはお手のものだろう。それに、文面から伝わってくる深いおもいやりも、お爺ちゃんならうなずけた。
けれども久美は、たまにたずねてくるお爺ちゃんをみても、そのことは何もいわすにいた。またお爺ちゃんのほうもハガキのことにはいっさいふれなかった。久美はそんなお爺ちゃんと目をあわしながら、二人だけの秘密をたのしんでいた。

そのハガキがきたのは、秋もおわりにちかいころだった。京都は嵯峨野の、竹林の情景が記されていた。それは久美にとっても嬉しい便りだった。前にお爺ちゃんが、体調を崩して入院した話を母からきかされていた。回復して、京都にまででかけられるようになったんだ。
ところが、部屋をのぞきにきた兄の口から、先日お爺ちゃんが亡くなったことをきかされた。末期のがんだった。
誰かがあのハガキを引き継いだのではないかしら。お爺ちゃんが他界してからも送られてくる和紙のハガキをみて、久美はそう思うようになった。それはだれ。旅人Xの詮索は、彼女にとっておおきな楽しみのひとつになった。
最初はお爺ちゃんの家族の誰かとおもっていた彼女だったが、あのハガキのことをしっているものなら誰だって、引き継ぐことが可能だとおもえてきた。字なんて、真似することは簡単だし、みんなインクで書いてあるので、寝ながらながめる彼女に、細かなちがいなどわかるはずもない。
そう考えると久美は、自分の周囲の者全員に『旅人X』の可能性があることに気づいた。もしかしたら、自分にいつもハガキを見せてくれる母親自身だったりして。それともお父さん………不器用だけど、意外に想像力豊かな人だから。若い頃小説家志望だったという叔母さんの存在も見逃せない。あるいはあの兄も候補の一人だ。あ、そうそう。高校のとき担任だった宮川先生がときどきくれる見舞いの手紙の、万年筆の文字が、どこか似ていないこともない。以前久美がよくいっていたタイ焼き屋のおばさんも、なんどか家に見舞いにきてくれている。そのとき『旅人X』からきた便りをみせたことがあり、そういえばあのとき、興味ぶかげにながめていたおばさんの顔がおもいだされた。
久美は、それからというもの、自分に関係したすべての人を感謝のまなざしでながめるようになっていた。

―――こんどの日曜日、あなたに会いにいきます。

きょう届けられた『旅人X』のハガキに、そう記されていた。
「よかったわね、久美。旅人Xさんの顔がみれて」
彼女の顔の前にハガキをかざしながら、笑顔で母がいった。
久美も、『旅人X』にようやく会えるとおもうと、嬉しくてならず、興奮に夜も眠られないほどだった。しかし、約束の日曜がちかづくにつれて、だんだんと彼女の気持ちは複雑なものになってきた。これまで周囲のみんなが『旅人X』だとおもっていたのが、本人と会うことにより、そうではなくなってしまう。それをおもうと、もう間近にせまった日曜日が、もっとさきだったらと願うようになっていた。

旅人Xさま。
本当は会いたい気持ちでいっぱいですが、やっぱり会わないことにきめました。会ってしまうともう、わたしのなかに大勢存在する『旅人X』は、あなた一人を残して、すべてきえてしまいます。わたしには、みなさん全員が、いつも変わらぬまごころこめた便りをくれる『旅人X』なのです。そのみなさんのために、どうか、私のわがままをご理解ください。ごめんなさい。

久美は当日の朝、玄関前のポストに、母に口述筆記してもらったコメントを貼ってもらった。

『旅人X』はその貼り紙をみると、足を返して、もときたみちをもどりはじめた。
久美の母が、父が、叔母さんが、兄が、宮川先生が、タイ焼き屋のおばさんが、そしてその他の彼女を知る大勢の人々が、どこか足取りも嬉し気に、彼女の住いからしだいに遠ざかっていった。


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このストーリーに関するコメント

16/06/01 冬垣ひなた

W・アーム・スープレックスさん、拝読しました

『旅人X』が何者なのか、彼女と一緒になってあれこれと考えていました。謎が解けることより、感謝することの方が素晴らしい……彼女の出した結論が胸にじんと来ます。
しかしそこで終わらず、壮大な『旅人X』の正体に、人々のさらなる優しさを見た思いがします。
素敵なお話をありがとうございます。

16/06/02 W・アーム・スープレックス

冬垣ひなたさん、ご丁寧な感想、ありがとうございました。

じつは私は前から、牛乳パックからできた手作りのハガキを愛用していまして、その温もりのある手触りを作品にいかせないものかと考えながら、この作品ができました。私も『旅人エックス』のひとりになって、久美に旅の便りを送ってみたいものです。

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