1. トップページ
  2. 吉兆の猫

泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

投稿済みの作品

3

吉兆の猫

12/08/21 コンテスト(テーマ):【 猫 】 コメント:9件 泡沫恋歌 閲覧数:2938

この作品を評価する

「まことに寝子というだけあって一日中寝てばかりおるわ」
 不機嫌そうな乳母の声が瑠璃姫の居る、御簾の中にまで聴こえてきた。その後、ぎゃんと猫の鳴き声がした、廊下で寝ていた猫を乳母が蹴飛ばしたかも知れない。
 乳母の機嫌が悪そうだと思っていたら、どかどかと瑠璃姫の御簾に乳母が入ってきた。
「姫君! なぜ、弾正尹(だんじょうのかみ)に文をお返しにならなかったのですか?」
「乳母や、猫に手荒なことをしてはなりませぬ」
「弾正尹の少将から、私へ文がきて《姫君は気位が高くて、とてもお相手が務まりません》と断られてしまったではありませんか」
「あの男の馬面は嫌いじゃ……」
「そんなことばかり言っているから……」
 呆れたように乳母が溜息を吐いた。

 近江国(おうみのくに)瀬田(せた)に住まう瑠璃姫は、父君は近衛大将(このえたいしょう)、母君は中宮に仕える女官であった。内裏で近衛大将に見染められた母君は宮仕えを辞して、夫が用意した屋敷に住まうことになったが、近衛大将の北の方は悋気の強いお方で、都に居を構えることを許さなかった。
 それゆえ、都より遠い琵琶湖を望む、瀬田に屋敷を構えることになった。瑠璃姫が生まれて、瀬田の長者の娘が乳母(めのと)として奉公にあがった。生後まもなく我が子を亡くし、夫とも疎遠になっていたので、屋敷に召されて姫君を育てることが生甲斐と感じていた。
 乳母は田舎育ちだったが、若い頃、都で貴族の屋敷に奉公したことがあり、都育ちの女主人を尊敬し憧れていた。七歳の時に母君が亡くなってからも、ずっと瑠璃姫の側で世話をしてくれたのだ。乳母は朗らかで活発な性格、姫君にはきびしいが情の厚い女である。

「また、そんな穢れの者を御簾に入れて……」
 瑠璃姫の膝の上のでは真っ白な猫が眠っていた。銀波(ぎんなみ)という、さざ波のように毛並が銀色に輝き、吉兆とされる金目銀目の美しい牡猫である。
 屋敷では穀物や衣類などを鼠の害から守るために通常五、六匹の猫を飼っているが、その内で銀波は姫君の一番のお気に入りだった。かれこれ十五年になる老猫である。
「そんなことより銀波が心配じゃあ、餌も食べないで寝てばかり……このままでは……」
 姫君はしくしくと泣かれた。
「その猫はもう寿命でございます。それよりも年頃の姫君の元に通って来られる公達がいないことの方が……乳母には悲しゅうございます」
 乳母も桂(うちき)の袂で涙を拭っていた。
 瑠璃姫を殿上人の北の方にして、京の都に還るのが乳母の夢だった。そのために姫君を美しく聡明に育てあげたのだ。しかし当の姫君は殿御には興味がなく、尼にでもなって母君の御霊を弔いたいと思っていた。

 あんなに具合の悪い銀波が消えてしまった。
 屋敷中どこにもいない、侍女たちが外まで探しに行ったが見つからない。猫は死期が迫ると、どこかへ行ってひっそりと死ぬという言い伝えがある。それでも諦め切れない姫君だったが、ある夜、こんな夢を見た。
 ――夜明けの湖畔、朝霧の中を姫君が歩いていると、真っ白な狩衣姿の公達が現れて、
「お世話になりました。どうか私のことは探さないでください。とうに魂は天に召されているのです」
「お前は……、もしや銀波か?」
「さようでございます」
 瞳は美しい金目銀目だった。
「銀波は御霊となって、姫君の幸せを願い見守って参ります」
 そう告げて、姫の前から消えてしまった。――そこで目を覚ました姫君は涙を零した。

 傷心の姫君の元に立派な公達が通って来られるようになった。
 式部大輔(しきぶだゆう)藤原兼通は、父君は右大臣、母君は大納言の家柄の娘で、由緒正しき血統の嫡男である。まだ若いので正五位、式部大輔と官位は低いが、将来有望な公達なのだ。
 この度の縁、どの殿御とも今まで深く心を通わすことがなかった姫君だが、兼通とは仲睦まじく、夜も更ければ、塗籠の中から……時おり漏れくる姫君のあられもないお声に、乳母が赤面するほどであった。
 兼通が不思議な話をした。
 瀬田川に舟遊びにきたが、陰陽道の方違(かたたが)えで、瀬田の長者の屋敷に逗留することになった。毎日、所在なくしていたら、一匹の白い猫が現れて、瑠璃姫の住む屋敷まで自分を案内してくれたと言うのだ。
 その猫の眼は金目銀目だったという。――銀波の御霊なのかも知れない。

 やがて瑠璃姫と乳母は生まれ故郷の「瀬田の唐橋」を渡り、京の都、右大臣家の寝殿造りの北の対に住まうことになった。嫡男、藤原兼通の正室として迎え入れられたのだ。兼通は通っていた女人たちと別れられて、瑠璃姫様、おひとりだけを寵愛なされた。
 瀬田の姫君の玉の輿は京童たちの口の端に上がって、忽ち噂話になったが幸せな姫君だと誰もが羨み微笑んだ。

 これが吉兆の猫、銀波の結んだ縁である。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

12/08/21 泡沫恋歌

この作品は、泡沫恋歌の時代小説「鳰の海」(におのうみ)の番外編として書きました。
「鳰の海」は自分の作品なので二次創作ではありません。

泡沫恋歌ホームページの作品「鳰の海」
http://m-pe.tv/u/page.php?uid=utakata38&id=16

12/08/21 そらの珊瑚

恋歌さん、拝読しました。

なんて雅びなファンタジーでしょう。
きっと銀波のはからいで瑠璃姫の婚活がうまくいったのでしょうね。
さぞや乳母のお喜びもひとしおだったことでしょう。

12/08/21 ドーナツ

平安ものは恋歌さんの描くゆるりとした雰囲気がとってもいいです。
猫は恩返しすると聞いたことあります。とても姫様に大切にされたのが伝わってきます。
瀬田唐橋は一度も言ったことがないので、このお話読んだら、ますます行きたくなりました。姫様と銀波に出会えるかも。

12/08/23 泡沫恋歌

珊瑚さん、コメントありがとうございます。

平安モノの猫の話はあまりないと思って書いてみました。

「鳰の海」の瑠璃姫と乳母の話に猫の「銀波」を絡ませて平安朝に仕立てました。

ちなみに平安時代は大きな屋敷や寺院では猫をたいてい飼っていたようです。特にお寺では経典をネズミの被害から守るのには猫が最適だったようです。勝手に鼠狩りやってくれるし(笑)

12/08/23 泡沫恋歌

ドーナツさん、コメントありがとうございます。

ゆるりと時間が流れる平安物語を読んでくれてありがとうございます。

猫もちゃんと恩返しするし、誰が自分の面倒をみてくれてるかくらいは分かっていますよね。

「銀波」はずっと自分を可愛がってくれた、瑠璃姫の恩に報いるために良縁を持ってきてくれたんだと思います。姫に幸せになって欲しいかったのでしょうね(笑)

12/09/02 郷田三郎

読ませて頂きました。
平安の頃のお話しですね。面白かったです。
夢枕獏の陰陽師でしかしらない世界ですが、今よりも妖かしが身近に居た頃の話しですね。
良い事を教わりました。金目銀目の白い猫に会ったら後を着いてゆけが良いことがある、と♪

12/09/10 鮎風 遊

「鳰の海」(におのうみ)の世界がどんどん広がりますね。

なにか不思議な世界に誘われて、やっぱり時代ものが面白いな。


12/09/12 泡沫恋歌

郷田三郎さん、コメントありがとうございます。

これは以前に書いた「鳰の海」の番外編です。
瑠璃姫と乳母の物語が好きで、これからもこれを題材にして
書いていこうと思っています。

郷田さん、ついて行って良いのはオットーアイの白猫だけですよ。
ミニスカのお嬢さんの後ろはNGですから(笑)

12/09/12 泡沫恋歌

鮎風さん、コメントありがとうございます。

「鳰の海」の平安絵巻はライフワークにしたい作品です。

私はこういう雅な世界に憧れてるんです(笑)

ログイン
アドセンス