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15/07/27 コンテスト(テーマ):第八十九回 時空モノガタリ文学賞【きっかけ】〜松山椋君の足跡 コメント:4件 るうね 閲覧数:667

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 ビルの屋上に陣取った俺は、ライフルのスコープを覗きながら照準を調整していた。
 風は――東南東に三メートルといったところか。
 一度、スコープから目を離して、肉眼で標的を確認する。確認、と言っても、六〇〇ヤードも先、オフィスビルの一室だ。標的自体は豆粒よりも小さく見える。
 この界隈を仕切るマフィアのボス。これを射殺するのが、俺への依頼内容だった。
 ……また、このライフルを手にすることになるとはな。
 自嘲気味に、心中でつぶやく。
 俺が現役の殺し屋だったのは、もう十数年も前。スコーピオン≠フ二つ名で呼ばれていた、ちょっとは名を知られた殺し屋だった。
 殺し屋稼業から足を洗ったきっかけは、妻との出会いだった。それまで人間など標的かそうでないかで機械的に区別される対象でしかなかったものが、彼女との出会いによって、氷が解けていくように温かいものが俺の心を満たしたのだ。彼女との出会い以来、俺は人を殺すことをやめた。
 それが、いま。
 ビルの屋上で一人、俺はライフルを握っている。
 あの頃の、妻に出会う前のように。
 妻の病気が発覚したのは、ちょうど半年前だった。
 難病だった。
 見る見るうちに、彼女は痩せていき、白桃のようだった頬もこけ、髪も全て抜け落ちてしまった。手術すれば治る見込みはあるらしいが、それには莫大な金が必要だった。当然、そんな金、すぐには用意できるはずがない。金策に駆けずり回ったが、結局は無駄だった。そして、最後の手段として残されたのが……。
「殺し屋稼業に戻ること」
 だったのである。
 今回の標的を始末すれば、多額の報酬が手に入る。そうすれば、妻は手術を受けられる。助かる見込みが出てくる。
 再び、俺はスコープを覗き込んだ。
 マッチ棒がちゃんと人間の形に見えるようになる。
 俺は腹這いになり、伏射の姿勢を取った。肘と膝を床に固定し、繋ぎ止めていく感覚。引き金に、指をかける。あとは、この指に少し力をこめれば、仕事は完了だ。
 標的は椅子に座っていて動かない。
 思う。
 奴には愛する人がいるんだろうか。
 妻は、子供は、友人は。
 撃て。
 その思いを、俺は打ち壊す。
 撃て。
 たった一発の銃弾が、全てを無に返す。
 撃て。
 撃て。
 撃て。
 妻の笑顔が、ふっと目に浮かんだ。
 不意に視界がぼやける。
 気づくと、俺は涙を流していた。
 これは裏切りだ。
 妻に対する裏切り。陽の光のもとに連れ出してくれた彼女に対する裏切り。妻の想いを踏みにじる行為だ。
 俺はライフルを床に置き、空を見上げた。太陽は雲に陰って、見えない。
 帰ろう。
 俺は思った。
 妻のもとへ。俺に人間らしい人生を取り戻すきっかけをくれた、女性のもとへ。
 ふと、俺はまぶしさに目を細めた。見上げると、雲の間から太陽が顔をのぞかせていた。


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このストーリーに関するコメント

15/07/28 松山

るうねさん、拝読致しました。
作品から、家族、人に対する愛を感じました。人間らしさを取り戻す『きっかけ』を与えてくれたのは妻の笑顔だったのでしょうか?
本来持ち合わせているからこそ人は代われるのでしようね。
素敵な作品有難うございました。

15/07/28 るうね

るうねです。
コメント、ありがとうございます。

人を殺して妻の命を救うか、人を殺さずに妻の想いを護るか、という、ある意味、究極の選択を主人公に課してみました。
結果として、主人公はこのような決断を下したわけですが、本当にそれは正しい選択だったのか。常に問い続けていきたい、というのが私の創作姿勢の根幹であります。
お読みいただき、ありがとうございました。

15/08/24 光石七

拝読しました。
心など持たないような殺し屋を変えた妻との出会い。再びライフルを手にした主人公の葛藤に、こちらまで胸が苦しくなりました。
最終的に下した決断に、夫婦で過ごした日々の大きさを感じます。
でも、仮にもう一方の選択を選択をしたとしても主人公を責めることはできないし、私は彼を人間らしいと思うでしょうね。
素敵なお話をありがとうございます。

15/08/24 るうね

るうねです。
コメント、ありがとうございます。

この選択には正しいもの、間違ったものはない気がします。
どちらも同じくらい正しくて、どちらも同じくらい間違っている。
主人公がライフルを再び持ったのも、その引き金を引けなかったのも、全ては妻の存在ゆえ。
その妻の存在が、最後の選択の分かれ目になったのではないでしょうか。
お読みいただき、ありがとうございました。

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