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aloneさん

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いくら暗くとも、音は聞こえる

15/01/12 コンテスト(テーマ):第七十三回 時空モノガタリ文学賞【 隣室 】 コメント:0件 alone 閲覧数:967

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音大には才能が溢れていた。寝る間を惜しみ、食事もせず、練習に没頭しても、上には上が必ずいた。
僕の評価は常に、二流。先生の言葉は、否定、否定、否定。
ボウイングがめちゃくちゃ。ポジショニングが悪い。曲の解釈がなってない。そして――才能がない。
いくら練習しても、評価は変わらなかった。才能がない、その判だけを押され続けた。
周りの人間すべてが敵に見えた。嘲り、蔑み、卑しみ……見下されていることが、ひしひしと伝わった。
心がささくれ立った。ヴァイオリンの弦がギイギイと異音を立てた。
そして僕自身にも、自分のヴァイオリンの音色が不快に思えた。

僕はヴァイオリンに触れなくなった。アパートの部屋に引きこもり、大学に行かなくなった。
規則正しさなど皆無。遮光カーテンが照らされようが、僕にとっては常に夜だった。
眠れなくなるまで眠り、空腹が消えるまでカップ麺を食べる。そんな生活でも気にはならなかった。僕に気をかける唯一の「僕」は、僕という人間に無関心だった。
こんな生活をしばらく続けた頃。いつものように部屋でパソコンをいじっていると、どこからか音が聞こえてきた。
最初は小さくて、何の音かは分からなかった。だがその音は次第に大きくなっていき、音楽であることが分かった。それも、すぐ隣の部屋からだ。
ここは長屋で、隣の部屋は角部屋にあたる。隣接する部屋は僕の部屋だけだ。きっと苦情が来る可能性は、僕の部屋にしかない。
けれど、今まで隣の部屋はずっと空き部屋だった。いつ引っ越してきたのか気付かなかったが、僕のところに何の挨拶もないところをみると空き部屋だと思われているようだ。
つまり、お隣さんは何の苦情も来ないだろうと思い、気楽に音楽をかけているんだろう。
僕はパソコンの画面から離れて、隣の部屋と接する壁に耳をあてた。一体どんな音楽を聴いているか調べてやろうと思ったんだ。
眼を瞑り、耳を澄ませる。音の輪郭をクリアに。意識を集中して、遺跡を発掘するように、壁の中から音色を掘り起こす。
そしてまず耳に届いたのが、ヴァイオリンの音色だった。
ヴァイオリンにヴィオラ、チェロ。とても美しい、聞き覚えのある旋律。
途中からでも曲名はすぐに分かった。これは僕の大好きな曲。ヴォーン・ウィリアムズの『幻想的五重奏曲』。
僕はじっとその場に固まり、そっと耳を傾けた。壁越しに届く、その旋律を最後まで聞き続けた。
曲が終わると、またすぐに新しい曲が始まった。それもまた、僕の好きな曲ばかり。
ヴィヴァルディ、ベートヴェン、J.S.バッハ……。
僕の好みの曲に、僕の好みの演奏。僕が作り出したい完璧な音が、壁越しに僕のもとに届いてきた。
僕は音楽を聴き続けた。寝るときは気絶するように眠りに落ち、起きている間は聴覚に意識を注いだ。
音楽はずっと流されていたた。昼夜を問わず、ずっと。
しかし、そんな生活が一週間ほど続いたとき、隣の部屋の音楽はぴたりと止んだ。
痛くなるほど耳を壁に押し当てたが、一音どころか物音ひとつしなかった。あれだけ音楽を流していたのに、突然どうしたのだろう。
何かあったのかもしれない。僕は心配になり、隣の部屋を訪れることにした。
僕は久しぶりに、部屋の外に出た。眩しい、朝だった。
隣の部屋に向かい、チャイムを押すが、何の音もしなかった。
仕方なくドアをノックしてみる。だがやはり返事はなかった。
恐るおそるノブに触れると、カチャリ、と呆気なくドアは開いた。
失礼しますと言いながら部屋の中を覗いてみると、部屋のなかは、空っぽだった。
床には埃が積もり、生活感の残滓どころか、つい先日まで誰かいたとも思えなかった。
どういうことだ?
空っぽの部屋を見ながら思っていると、奥で何かが光るのが見えた。カーテンのない窓から差し込んだ朝日を、何かが反射している。
僕は恐るおそる部屋に上がり、その「何か」のもとへと向かう。
それはCDだった。ジャケットはなく、CD表面にも何の印刷もない。
僕は中に何が入っているかが気になり、CDを拾い上げた。そして隣室を出ると、自室のパソコンにCDを入れた。
CDが読み込まれ、画面に内容が表示される。中身は、

空だった。

僕は面食らってしまった。再度読み込ませてみるが、結果は同じ。
空っぽ。まだ何も入っていない。
しばらく、僕は放心状態のように固まっていた。なぜこのCDがあの部屋にあったのか、分からなかった。
けれど、ようやく、僕は理解する。この空のCDの意味を。
僕はCDをパソコンから取り出し、ケースに戻した。そして、大好きなCDが並ぶ棚のなかに、同じように大切に並べた。

いつか、僕の最高の演奏を、これに。

そう誓って、僕は部屋を飛び出した。もちろん手には、ヴァイオリンを携えて。


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