1. トップページ
  2. Tapestry -季(とき)にあひたる彩を-

滝沢朱音さん

♦️第2回ショートショート大賞・優秀賞 http://shortshortawards.com/results-2017/ ♦️『時空モノガタリ文学賞作品集#零』(書き下ろし含む3作掲載) https://www.amazon.co.jp/gp/product/4908952000/ ♦️時空モノガタリ入賞作「このP−スペックを、唯、きみに。」幻冬舎パピルス掲載 http://www.g-papyrus.jp/backnumber59.html ♦️Twitter @akanestor ♦️作品添付画像:『写真素材 足成』

性別 女性
将来の夢 作家として在りたい
座右の銘 http://akanestory.blog.fc2.com/

投稿済みの作品

5

Tapestry -季(とき)にあひたる彩を-

14/11/17 コンテスト(テーマ):第六十九回 時空モノガタリ文学賞【 無題 】 コメント:8件 滝沢朱音 閲覧数:1622

この作品を評価する

「ああ、美しいね」
北の対一面に広げていた彩とりどりの布を、急にお出ましのこの邸の主は褒めそやした。
「秋を染めるという竜田姫も、かくや見事に仕上げられまい」
「恐れ多うございます」
女神に例えられて私は恐縮する。夫は絞り染めの一枚を手に取った。
「これはどのようにして作ったの?」
「先に糸で模様を縫って絞り、それから染めるのですわ。そうしてほどくとご覧のように」
「ほう。萌黄と瑠璃の彩模様が見事だね」
「近頃はこの絞りの工夫に夢中で、思いついた端から作るものですから、こんなにも増えてしまいましたの」
私は扇で口元を隠し、穏やかに笑ってみせた。
「高貴なお生まれでありながら、ここまで染め物がお得意とは。遠き婚儀の日、源氏物語の花散里に擬えて、あなたを橘の上と呼ぶことにした私の眼は確かでしたね」
私が蘇芳で染め上げた直衣を着て笑う夫は、せまる夕闇に本当は気もそぞろのはずだ。結婚したばかりの権大納言の姫君が恋しくてたまらないだろうに、正室の心模様を気にかけ、出がけに寄ってくれたらしい。
私は微笑みを保ちつつ、そっと三つ指をついて夫を促した。
「いってらっしゃいませ」

夫を見送った後、取り散らかした布をしまい直すよう女房たちに手分けさせていると、またも前触れのない訪れがあった。
几帳を引き寄せ間を隔てようとしたが、慌ただしい足音とともに現れた宿直衣の少年はかまわず傍に座る。
「御所の宿直に行ってまいります」
「そう。お勤めご苦労さまです」
彼は早くに亡くなった夫の先妻の子で、子を持たない私は彼の母代わりを命ぜられている。何かと自分を源氏に擬えたがる夫は、息子を夕霧に見立てているようだ。
「継母上お手製の単や指貫袴、評判がよいのですよ。えも言われぬ色模様だと」
「それは光栄ですこと」
私は顔を綻ばせた。今彼が着ているのはどちらも秋の草花でやさしく染めたもので、その端正な顔立ちによく似合っている。
「またお作りいたしましょうね」
素直に頷くこの少年の瞳に、血の繋がらない女性への憧れや熱情は一切見られない。藤壺への源氏、紫への夕霧のような想いなど、あるはずもなかった。

秋の夜は訪れが早く、そして長い。一人なら余計に。
手持ち無沙汰な女房たちを下がらせ休もうとした時、出がけに夫が手に取った絞り染め一枚を仕舞い忘れていたことに気づいた。
『萌黄と瑠璃の彩模様が見事だね』
そう感嘆した夫は、これを染めていた当時、私が鬼の形相でいたことなど知る由もない。
(夫は今、別の女を抱きしめている――)
権大納言のまだ若い姫君を妻の一人に加えると聞いた時、私は微笑みを絶やさなかった。貴族の常として、そして左大臣にまで昇りつめた男として、夫は数多くの女性を愛してきたし、これからもそうなのだろう。
美貌を持たず、歌の才能も持ち合わせず、ついには実子も持てなかった私を、正妻として大切に遇してくれる夫に感謝こそすれ、不満などあるはずがない。だけど。
(女として愛された時間は、あまりにも短すぎた――)
私はその絞り染めを手にそっと寝所を抜け出し、染殿と名づけた私室に籠もると、あの時と同じように忍び泣いた。

邸の奥深くに住まう北の方として、私が顔を合わすことのできる男は夫と息子のみだ。
その夫は今頃「このような熱い恋は初めてなのです」などと宣っているかもしれない。近く内親王との婚儀も決まっている息子は、宿直所で仲間と数々の恋の噂話に興じているかもしれない。
どちらも、私が季節にあわせて染め上げた衣を着ながら、私の孤独に思い至ることもなくこの夜を過ごしている。

花散里の如く子もなさず、性を超えた存在として彼らの傍に居るだけ。
私という女は、いったい何のためにこの世に生まれたのだろう?

夫が手に触れたその絞り染めを、文机に広げてみる。
歌でも書きつければ慰めにもなろうかと筆を取ってみたが、言葉にすると刺々しい思いが表に現れてしまいそうで怖い。私はため息を付き、戯れに筆をうねうねと走らせてみた。
布地を海に見立て、波間のように筆で模様を描いていく。次々と浮かび上がるあぶくは生物のように奇妙な力を得て、永遠に広がり続ける。
「生きとし生けるもの、いづれか絵を描かざりける」
古歌をもじって呟きながら、私は自分の中で溢れそうなものを描きついだ。そうすることで、この孤独と嫉妬の醜さを浄化できるような気がした。
(隅まで描き終わる頃には、この涙も止まるだろうか――)


「ああ、美しいね」
静かな博物館で、男の声が低く響いた。
「掛軸というよりタペストリーだね。染物と絵の融合のセンスがすばらしい」
「今から千年近く前の女性の作品だなんて。何を思って描いたのかしら」
「さあね。それにしても美しい。哀しいほどに」
ある国宝の前で暫し立ち尽くしていた男と女は、やがて去っていった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/11/17 滝沢朱音

★★★★★★★★
この曲を聴きながら書きました。

BGM:「Tapestry」Carole King
http://youtu.be/GJ-lGU5TTKc
★★★★★★★★

14/11/17 草愛やし美

滝沢朱音さん、拝読しました。

なるほど、そういう設定でしたか、素晴らしいですね。古語とか難しくて私には無理な世界です。こういう時代の女性は、とても切ない生きざまをされていたことでしょう。
どういう想いで布を染められたことか……その想いが布に託されているなんて、凄く浪漫溢れている面白い発想の作品ですね。

14/11/18 光石七

拝読しました。
よき妻を演じる裏で一人苦しみ涙を流す主人公の姿が胸に迫ります。
平安時代を舞台にこんなに自然に書かれるとは、すごいです。
花散里、穏やかで慎ましく優しい女性というイメージがありますが、彼女も心の奥では悩んでいたのかもしれませんね。
“それにしても美しい。哀しいほどに”という台詞がいいですね。千年近く前の彼女の想いが布に染み込んでいて、それを漠然とながらでも現代人が受け止める。胸が熱くなりますね。

14/11/19 夏日 純希

源氏物語を絡めてくるあたり、強者(つわもの)ですなぁ。

>萌黄と瑠璃の彩模様
あの何とも言えない絵を、表現してしまうあたり、
ほんとうまいなぁと思いました。
僕なら、「緑と青と黄色がうにゃうにゃーって混ざった感じ」
とかしか表現できません(大汗

>哀しいほどに

あぁ、こっちの漢字かぁ。こっちだなぁ。うん、こっちがいいやぁ。
とか読み終わってからしばらく考えてしまいました。
いい余韻が響き渡りました。
今回も、個性あふれるいい作品だったと思います。
その目の付け所を分けて欲しいです(涙

それにしても、光源氏いいなぁ(漫画で読んだだけだけど)
男の平安ロマンやぁ(遠い目)

14/11/30 滝沢朱音

★★★★★★★★
>志水さん
うれしいお言葉、ありがとうございます!
「Tapestry」の歌詞の力を借りながら、なんとか書いた物語でした。
イメージイラスト、私にはほんと難しかったです…

>草藍さん
読んでくださってありがとうございます!
違う時代を書くことが、2000文字とはいえこんなにもたいへんとは…!
時代物を書いてらっしゃる方がどんなにすごいか、よくわかりました。
イラストのテーマ、難しかったです。

>光石さん
読んでくださってありがとうございます!
平安時代を舞台にしてみようと思い立ったのはいいですが、
2000文字ですら、知識がなさすぎて苦労しました…!
染物は紫の上も得意だったはずなのに、妻をあえて花散里に例えた夫は
嘘の付けない男だったんだろうな、なんて想像しながら書きました。

>夏日さん
読んでくださってありがとうございます!
源氏、私もマンガから入りましたよ〜(笑)
あのイラスト、皆さんみたいに柔軟な発想が出来なくて、直球勝負になっちゃいました。
国宝とはいえ、この主人公の名前は女としか残ってないんだろうなーとか、
そんな余計なことを考えながら、なんとか書いてみました。
★★★★★★★★

14/12/13 そらの珊瑚

滝沢 朱音さん、拝読しました。

「ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは」の
一首で有名な竜田川のすぐそばに住んでいたことがあって
秋、川面にたくさんの落ち葉が流れていく美しいさまを
今また思い出しています。
女心も自然の景色も、美しさを感じる人の心も、
古来より変わっていないのだなあと思いました。

14/12/16 滝沢朱音

★★★★★★★★
>そらのさん
素敵なコメントをありがとうございます☆
おおっ、以前竜田川の近くにお住まいだったのですか、うらやましい〜
どんなに素晴らしい景色でしょうか…
文中の夫が着ている蘇芳で染め上げた直衣は、まさにそんな紅葉のイメージでした♪
機会があれば、私もぜひ訪れてみたいです!
★★★★★★★★

ログイン