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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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泣く真珠

14/07/13 コンテスト(テーマ):第六十回 時空モノガタリ文学賞【 涙 】 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1541

時空モノガタリからの選評

「涙」というテーマがよく生かされた作品だと思いました。「目玉がないのに涙が出る」とは、涙の心との結びつきを表す的確な表現ではないでしょうか。黒真珠という“モノ”が「空洞」に入ることにより、逆説的に涙の非物質的な側面が強調され、哀しみや喜びを起因とする涙の精神的な性質がよりくっきりと描き出されていると思います。そして最後に「私」が手紙とともに黒真珠を受け取ることによって、「代替品」であったそれは、最終的に「わたくし」の心や涙やそのものへと変化し、生命を持つものになっていると思います。そんな黒真珠が戻る場として、生命の源である海は二重に自然な場所だと思えます。黒真珠は海へと返されることでその哀しみを癒され、海の底や彼女の心の中で、静かに生き続けていくのでしょう。

時空モノガタリK

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 生まれたときから、わたくしには左右の目玉がありません。
 あるべきものがない其処は、ただの小さな空洞。
 
 ――何の因果だろう。あまりにも哀れだと嘆いた父は、南洋の海で採れたというそれは上等な天然の黒真珠を取り寄せ、わたくしのその空洞へ埋め込ませたということです。
 とはいえ、それが本当の目玉になるわけはございません。
 もとより視神経や血管、角膜などはないのです。視力というものが備わっていない以上、あくまでもそれは代用品なのでした。
 わたくしは成長するにつれ、どうやら世界には光というものが存在していて、朝になれば太陽というものが人を照らし、夜になっても月や星というものが小さな灯りをともす空というものがあると、優しい声の母が読む本で知りました。
 一度でいい。この真珠の目玉がそれを映してはくれないだろうかと決して叶わない世迷言を願ったりしたこともあります。

 身体の弱かった母はわたくしが十歳の時亡くなりました。
「おまえも……一緒に、連れて、いきた、い」
 病床の床の母はごぼごぼと血を吐きながらそう言い残し、胸をかきむしりながら息絶えたそうです。

 ええ、ええ、そうですとも。そうしてくれたらどんなにか良かったことでしょう。
 けれども母は一人で逝ったのです。
 わたくしは母の亡骸にとりすがり声が枯れるまで母を呼び続けました。そして気づけば頬にツツーと生温かい水が流れていることに気づいたのです。どうやらそれはわたくしの真珠から流れ出ているようです。これが涙、というものなのでしょう。
 父も使用人も一様に驚きました。目玉がないのに涙が出るなんて、世の中には不思議なこともあるものだと街中の噂になったようです。
 
 最愛の人を失った痛手というものに、えてして男の人はたいそう弱いとか。
 父もそういった種類の人であったのでしょう。それから一年もしないうち母のあとを追うように亡くなりました。
 経営していた会社が倒産したことで、自殺ではないかとあやぶむ人もおりましたが、今となっては真偽のほどはわかりません。
 
 わたくしは流れ流れて、見世物小屋に売られました。

【泣く真珠女】
 
 これが私の新しい名前です。皮肉なことです、真珠のおかげでなんとか命をつなぐことができたのですから。

「よってらっしゃい、みてらっしゃい。世にも奇妙な真珠女だヨ。目玉はないのに涙は出る。ハイ、お代は見てのお楽しみィー」ダミ声の呼び込み声につられて客が入れば、わたくしは泣いてみせるのです。簡単なことです。おのれの身の上を振り返れば悲しくて涙なんていくらだって出てきました。
 けれどこんな悲惨な人生にも神様はひとつくらいいいことを用意してくれるものなのですね。そんな生活の中でわたくしは恋をしました。相手もまた見世物。生まれつき手足がなかったダルマ男と呼ばれた人でした。わたくしには目玉がない。彼には手足がない。そんな異形のわたくしたちに五体満足な子どもが産まれました。
「おまえに似てとびきり可愛い女の子だよ」
 彼がそう言った時どんなに嬉しかったことか!

「おまえたちはけがれの人間。そんな夫婦にまっとうに子どもなど育てられる道理などなかろうよ。悪いことは言わぬ。赤子の幸せを願うなら、その子をお寄越し」
 小屋の興行主の男は娘を連れていきました。娘のためと言われればあらがうことなど出来ましょうか。
 裕福な家の子の出来ない夫婦に娘はもらわれていったとか。興行主は吝嗇な男です。一体いくらの算盤をはじいたことか。もちろんわたくしたちは一銭ももらわなかったけれど、その後の待遇は少しばかり良くなりました。そのことを考えるたびに良心がちくりと痛みました。
 けれどわたくしたちに育てられるより何倍も幸せな人生を歩んでいるだろうと思うことにしました。
 涙がいくらでも出てきます。
 悲しいのではありません。嬉しいのですよ。

 旅先でふらりと立ち寄った、うらぶれた骨董屋。そこで見つけたいわくつきのふた粒の真珠にはこんな手紙が添えられていた。 
 手紙の主は眼が不自由だと書かれていたし誰かが代筆でもしたのだろうか。読み終える頃には手紙の女が他人とは思えなくなっていて、私は呆然と泣いていた。
 私は産みの母を知らない。思春期の頃それを知り、育ての両親を問い詰めたところ、何かの事情があって産みの母は私を孤児院に預けたまま、行方知れずになったという。
 私はにぶく輝く美しい黒真珠を買った。手紙はただの作り話かもしれない。けれど買わずにはいられなかった。
 真珠を海へ戻そう。全ての赤ん坊が母の羊水の中で生きていたように、もといた場所へ返してあげよう。
 さようなら。もう泣かなくていいのよ。
 真珠は私の手を離れ、日本海の荒波にさらわれ、じきに見えなくなった。
 
 
 


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このストーリーに関するコメント

14/07/13 そらの珊瑚

画像は「freepick]さまよりお借りしました。

14/07/14 草愛やし美

そらの珊瑚様、拝読しました。

切なく悲しいけれど、とても美しい世界ですね。珊瑚さんの独特の世界観を見られた作品です。真珠の目をした女性、そんな手紙が添えられている黒真珠が売りに出されていたということは、彼女はもはや、この世にはいないということなのでしょうね。
お母さんと思い、大切にしたいからこそのオチに感動しました。淡々と描かれているのに、この世界はなんて悲しく美しいのでしょう。淡々とした描き方だから余計気持ちが昂り、彼女への切なさが募るのかもしれませんね。そんなことを思いました。

14/07/14 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

とっても悲しいお話ですね。
昔、見世物小屋というのがあって身体障害者を見せ者にしてお金を稼いでいたとか、
そういう境遇の人のことを思うと、胸が痛い、とても悲しいですね。

その真珠を見つけた女の人はもしかしたら、夫婦の子どもだったのではと
想像してしまいました。

14/07/16 ナポレオン

拝読いたしました。
暗い世界観の中にどこか人を引き付ける美しさを感じました。独白調のどこか現実離れした手紙の内容から、ラストの現代につながる構成が話し全体に深みを出していたと思います。
(……余談ですが、眼窩にはまるサイズの真珠ってむちゃくちゃ高そうですね)

14/07/18 そらの珊瑚

>草藍さん、ありがとうございます。
「真珠の涙」という言葉がまず浮かび、こんなお話が出来ました。
 真珠というものはそれが産まれる成り立ちというものも、
 なんだか不思議に満ちていて美しいなあと思います。

>泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
日本に限らず、見世物小屋というものが昔あったようですね。
今は人権問題等で消えゆく運命であるようですが。
おっしゃるとおり、夫婦の子どもであるかもという余韻は残しておいたつもりです。
もしや……ということもなきにしもあらずですよね。

14/07/18 そらの珊瑚

>凪沙薫さん ありがとうございます。

素敵な詩をご紹介くださり、感謝いたします。
遠い遠いはるか昔、人は海から生まれたのでしょうね。
エラもウロコのなくした今、戻りたくても戻れない世界なのからこそ
恋しいのかもしれません。

>ナポレオンさん、ありがとうございます。

美しさを感じていただけてとても嬉しいです。
あらーそうですね、そんなの大きな真珠、一体いくらで買ったって話ですよね。というか、そんな大きな化け物みたいな真珠、実在しないだろうって気もします(笑い)
昔読みふけったわたなべまさこさんの怖い漫画に
目玉を蒐集する女の子がありました。
そんな記憶もこの話の背景にあるのかもしれません。

14/07/24 鮎風 遊

一つくらいですが、それでも良いことがあって良かったですね。
神はよく見てるものだと。

昔、見せ物の、いやあれはサーカスだったのか、
それでも看板にろくろく首の女が描かれてあったりして、
そんなテント小屋に入ったのを憶えてます。

14/07/26 そらの珊瑚

鮎風 遊さん、ありがとうございます。

そうですね、人生ひとつくらいいいことがあって
報われるものがあるのかもしれません。

私はそういう小屋を見たことがなくて、おはなしのなかや
映像で観たのをもとに書いてみました。

14/08/17 ドーナツ

受賞おめでとう。

乱歩の描く世界の不気味さと美しさを備えた不思議な世界を楽しませてもらいました。

珊瑚さん独特の世界だね。

不気味だけど美しい。

見世物小屋という言葉からくる響きが物悲しさを誘います。子供のころ見たことあります。頭が人間 体が牛の「くだん」というの。
すごく不気味なとこが見世物小屋という風に思ってました。

そんなとこで働いてる女の人は、悲しい人生送った人もいるんでしょうね。
五体満足なかわいい子を授かったのは、きっとこの二人体は不自由でも心が美しかったからだと思います。神様はどこかで必ず見ててくれて、ささやかでも幸せをくれると信じたいです。

14/08/22 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

不気味だけど、美しい、なぜだかとても惹かれてしまう世界なので
このような物語が生まれました。
「くだん」実際に見たことがあるなんて、すごい。

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