洞津タケシさん

うろつたけし と言います。本と創作が好きで、妄想少年のまま大人の階段を上った感じです。 少しでも面白い物を書けるように、頑張ります。

性別 男性
将来の夢 すごいけど、アマチュア
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香苗

14/07/02 コンテスト(テーマ):第六十一回 時空モノガタリ文学賞【 夜に光る 】 コメント:3件 洞津タケシ 閲覧数:725

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 満月の夜、峠の中腹にポツリと明かりがついたら、香苗が僕と会えるサインだ。

 僕らはずっと、そのサインを頼りにしてきた。
 このアナログな付き合いも、かれこれ8年になる。
 峠の途中で、ガードレールが途切れた所。鎖の仕切りを外して、轍もない草道をバイクで登ると、整備された芝生が開ける。
 その奥にペンション風の建物が建っていて、そこが僕らの会う場所と決まっていた。

 バイクを停めて、芝生をゆっくり歩いていると、建物の扉が開き、白いワンピースの少女が僕を出迎えた。
 香苗だ。

「よう。おいで、良い月だよ」
「ほんとだね」

 香苗が芝生に飛び降りると、スカートの裾がふわりと軽やかに膨らみ、ひとつに束ねた長い髪が揺れた。

「靴履きなよ」
「この方が気持ち良いもん」

 裸足のまま、芝生の上をくるくると踊る香苗は、白いワンピースが月光を反射して、淡く発光して見えた。
 それはひどく幻想的で、あまりにも儚げな風景で、僕の身動ぎひとつで簡単に壊れてしまうんじゃないかと空想してしまう。

「香苗」
「んー、なぁに?」

 香苗が僕の傍らに立ち止まる。
 息が切れて、透き通る白い頬が僅かに上気していた。

「そろそろ、考えてくれたかな」

 僕の言葉に、香苗は目を伏せる。
 長いまつげが、不満げな表情へ陰を落とした。

「私、ここにいたい」

 子供のように言う。
 先月も、その前も、もうずっとこのやり取りを続けてきた。
 僕は僕で、なるべく香苗の意志というものを尊重してやりたいと思っているうちに、グズグズと時間ばかりが過ぎてしまっていた。

「なぁ香苗。確かにここは僕のお爺さんの所有する場所だから、君がいていけない事はない。でもそれじゃ、なにも変わらないよ」
「変わらなくて良い!」
「満月の夜だけ起きて、僕と話をするだけの人生でいいのか」
「それでいいよ! そういう病気なんだもん!」

 香苗はすっかりへそを曲げてしまったようで、両耳を手で塞いで、僕に背を向けて座り込んでいる。
 これでは、また今日も説得するのは難しいかもしれない。
 ただ、もうあまり時間がない。
 香苗の覚醒している時間は、8年前よりも明らかに短くなっていた。
 今はもう、一晩も持たないのだ。

 香苗と出会ったのは、8年前。
 暇な大学生だった僕は、祖父の別荘の管理という雑用を言いつけられて、数ヵ月に一度、掃除や草むしりに来ていた。
 ここがあまりにも交通の便が悪かったせいで、仲間の溜まり場にもならなかったから、いつも一人だった。
 その日も満月だったのだと思う。
 財布を無くして、昼間に別荘で落としたのだろうと当たりをつけて、探しに来た時だ。
 別荘の前に、女の子が座り込んでいるのを見つけた。
 真夜中の、街灯も人気もない場所で、白い服の女に出くわしたときの恐ろしさといったらない。
 もう本当に、逃げ出したかったのにそうしなかったのは、祖父から言われていたからだ。

「あの別荘で知らない人間と会うことがあるかもしれないが、それは俺の古い知人かその子供だろうからよろしく頼む」

 おいじいさん、あれがそうなのか。本当に大丈夫なのか、とおっかなびっくり近づいた。

「あの、今晩は」

 ゆっくりと顔をあげた女の子は、輝くばかりの金色の目をしていた。
 それが香苗だった。

 それから、もう8年だ。
 僕は、へそを曲げている香苗の横に座った。

「なぁ、聞いてくれ」
「やだ」
「香苗」
「やだってば!」

 振り払った手が、僕のほほを掠める。

「っ!」

 焼けるような鋭い傷みが走った。

「ごめ……あ」

 香苗の真ん丸い大きな目は、あの日と同じ金色をしていた。
 爪は獣のように鋭く、口の端から犬歯が覗いている。

「え、やだ、なにこれ、え?」
「香苗、聞いてくれ。君は病気なんかじゃない。満月の夜だけ目が覚める、そんな病気は無いんだ」

 もう、後には引けない。
 覚醒が短すぎる。

「君は多分、人狼だ。満月の夜だけ人の姿になる、そういう狼なんだ」
「嘘……だよ、そんなの」
「嘘じゃない。今まで黙っててごめん、君が自然に理解出来る時を、待とうと思ってた。でももう時間がない」

 香苗の手を取り、抱き締めた。

「僕の家系はもう狼になれないけれど、代わりに君達を守る力がある。一緒に行こう、香苗」

 骨張った体は、僕の腕のなかで人の形を失っていった。

 幾度かの満月が巡った。
 僕は私有林の開けた場所に座り、傍らには白い狼が臥せている。

「いいよ」

 僕の言葉に応じて、狼は見る間に人の姿へと変わった。
 白いワンピースが月光に照らされて光っている。

「靴履きなよ」
「この方が気持ち良いもん」

 香苗は金色の瞳のまま、深い闇の中で淡く輝き、笑った。


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このストーリーに関するコメント

14/07/02 草愛やし美

洞津タケシ様、拝読しました。

香苗は、とても美しい物語でした。視覚に訴えるタッチで書かれておられて、ジブリの映画の一コマを見たようなそんな感動がありました。素敵なお話をありがとうございます。

コメントで、ネタばらしになるといけませんので、ここらで……。切なくて綺麗な香苗、その姿は、もう誰の目にも触れないところにいったのでしょうね。

14/07/04 洞津タケシ

草藍さま
コメントありがとうございます。
より一層、良いものを書くために精進していきます。

自作品を語るのは赤面するので差し控えさせていただきますが、個人的には香苗の幸せを願います。

14/07/10 洞津タケシ

凪沙薫さま
コメントありがとうございます。

楽しんでいただけたようで、嬉しいです。
アマチュアであることを言い訳にしないように
ひとつひとつ全力で取り組んでいきたいと思います。

今後も一層面白い物を書けるよう精進していきます。
どうぞよろしくお願いします。

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