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四島トイさん

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花嫁誘拐公社

14/02/09 コンテスト(テーマ):第四十九回 時空モノガタリ文学賞【 絶望 】 コメント:4件 四島トイ 閲覧数:1026

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 結婚式場から花嫁が消えたときの絶望がわかるか、と社長は言った。
 駅前のカフェでパンケーキ食べ放題の新記録に挑戦していた時のことだ。
 コーヒーを飲む向かいの席の若い男。社長と呼ばれる詐欺師。同業者にして私の相棒。
「わかりません」
「佐藤。詐欺師には想像力が必要だ。そうだろ」
 メイプルシロップの独特な風味が口中に広がる。皿を積上げる私のお腹を心配するような店員の視線が刺さる。おしとやかに口元を拭いて、次の注文をする。
「結婚詐欺でもやるんですか」
「そんな古臭い手を俺がやると思うか」
「社長惚れっぽいですもんね」
 それに私は一介の高校生女子だ。社長は咳払いする。
「いいか。そんな巧妙で難易度の高いエリート主義な詐欺じゃダメだ。俺達に合ってないんだ」
 もう長いこと実入りも、仕込みも準備もない。パンケーキを食べているだけ。私に詐欺師の跡目を譲った父も嘆くことだろう。
 で、と私は問いかける。
「私達に合った詐欺って何ですか」
 社長は、よくぞ聞いた、とばかりに素早く手元の鞄を開く。真新しい名刺の束を取り出して、一枚引き抜くと気障ったらしくテーブルの上を滑らせた。が、垂れたメイプルシロップにくっついてしまう。
「ベタベタじゃないですか」
「お前がそんなもん食ってるせいだろ。ベタベタ甘ったるいんだよ」
 口を尖らせて訴える社長を無視して、名刺をめくる。
『花嫁誘拐公社 企画課 佐藤ハナ』
 顔を上げて社長を真っ直ぐ見る。
 その出所不明な自信に満ちた顔を。
 こうして私達は、花嫁誘拐詐欺を行うことになった。


 不安でもう何日も眠れなくて、と浅間千咲は手にしたハンカチで目を拭った。
「式場選びとか協力してくれたのに。最近じゃ全然……『チサの好きにしな』て。どうでもいいみたいに。やっぱり半ば駆け落ちみたいなものだし、もう冷めちゃったのかな、て」
 市内のホテルの喫茶スペース。心中お察しします、と社長が神妙な面持ちで肯く。
 社長が名刺を大量印刷した翌々日から、私達は式場やホテルを回った。書類鞄を手にスーツ姿で、架空の公社の人間を装った。
「これは確実に上手くいくぞ」
 憂いを帯びた花嫁候補者の多さに、社長は鼻息を荒くした。仕事に意気込んでいるのか、単に花嫁達に興奮しているのか判然としなかった。
 曰く、マリッジブルーの女性は伴侶の愛を確認したがる。
 曰く、結婚式場から花嫁が消えれば、花婿は絶望の中の一縷の希望にしがみ付く。
 曰く、偽装誘拐を持ちかけて手数料をとり、上手くすれば身代金も手に入る。
「非日常は結婚前にこそ潜むんだ。どんなにラブラブの恋人だってな」
「ラブラブって……」
 しかし意外というべきか社長の予想は当たった。
 浅間千咲という名の女性が、誘拐してほしいと即断したのだ。


 決行日は快晴だった。結婚式日和だ。
「いやあ誘拐日和ですね。花嫁もお美しい。新郎さんが気の毒だ」
 控え室で社長が笑う。
「……ありがとうございます。でも、彼まだ来ていないみたいで」
 美しい横顔が陰る。不安よりも疲労の色が濃い。気の毒に思えたが事務的な口調に努める。
「では三十分を目途にお連れします。犯行声明文書等は用意してありますので」
 不意に扉が開かれた。
 駆け込んできたのは、白いタキシード姿の新郎だった。花嫁が立ち上がり、新郎は彼女の可憐さに一時、息をのんだ。胸に手を当てて呼吸を整える。
「ごめん。遅れた」
「……どうかしたの」
 疲れた声だった。が、ご両親に会って来たんだ、という彼の言葉に彼女は目を見開いた。
 新郎は振り絞るように口を開いた。元々、内気なのだろう。その必死な口調は私達を容易に外野に追いやった。
 二人で駆け落ちした日、彼女がどれほど声を殺して涙したか。ずっと忘れられなかった。結婚式を控え、新郎は彼女の実家に何度も出向いた。結婚を認めてほしいと。
「……だけどごめん。認めてはもらえなかった」
 でも、と続ける新郎の言葉を、何でそんなことしたの、という問いが塞いだ。
「結婚式に親も来ないような女とは結婚できない、て言いたいの」
 違う、と新郎ははっきりと否定した。
「チサに望みを捨ててほしくないんだ。僕と一緒にいることで、絶望させたくない」
 花嫁の手をとる手が微かに震えていた。耳の先まで真っ赤に染まる。
「僕は君の希望になれるかな」
 一拍、間があって花嫁の瞳から大粒の涙が零れた。
 化粧が崩れるのも気にせず何度も肯いた。
 寂しかったよお、と彼女は泣いた。


 新郎に問い詰められる前に、私達は式場を後にした。川沿いの堤防を歩きながら、先を行く社長の背中に、ラブラブでしたねえ、と声をかける。
「……ベタベタ甘ったるいんだよっ」
 次だ次、と自棄のように叫ぶ声には、言葉ほど不機嫌さは滲んでいなかった。


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このストーリーに関するコメント

14/02/09 gokui

 読ませて頂きました。
 設定がいいですねえ。この設定で続編、また読みたいですねえ。楽しませてもらいました。

14/02/09 夜木 貉

拝読させて頂きました。
「彼まだ来てないみたいで…」というところでは、絶望というテーマが脳裏を過り、この後どうなっちゃうんだろうと不安になりましたが、とてもあたたかいオチで安心しました。社長と佐藤ちゃんの掛け合いをまた見たいなと思ってしまう、素敵なお話でした。

14/02/09 四島トイ

>gokuiさん
 読んでくださってありがとうございます!
 コメントまでいただけてとても嬉しいです。
 練り込みの足りない設定ですが、それに頼りきって仕上げてしまいました。もっと短編で活かせるような話作りができるよう頑張ります!
 今回は本当にありがとうございました。

14/02/09 四島トイ

>夜木 貉さん
 読んでくださった上にコメントまでありがとうござます!
 あまりテーマに沿った展開ができず、投稿した今でも悩ましい限りです。登場人物をさらに掘り下げて、魅力的な人物にできるよう書く練習を続けます。
 このたびはありがとうございました。

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