名無さん

名無 ななと申します。よろしくお願いします。 スマホからの投稿なので、読みにくかったら申し訳ないです。

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

3

雪鬼

13/11/26 コンテスト(テーマ):第四十五回 時空モノガタリ文学賞【 雪 】 コメント:5件 名無 閲覧数:1192

この作品を評価する

〜新米保護観察官、新堂真希の記録〜

雪鬼に掴まったのだ、とその少年は言った。

 小さくノックの音が響いて、無機質な白いドアが開いた。現れたのは同僚の篠島で、手には厚いファイルの束を抱えている。
「何か進展はあったか?」
 聞かれて私は首を横に振った。目の前の資料は先程から何も頭に入ってこない。凝り固まった肩を回して、背凭れを軋ませた。
「何でかなぁ…」
 思わず漏れた言葉に、斜向かいに腰掛けた同僚はこちらに顔を向けた。
「だって、ごく普通の少年なのよ。むしろ恵まれてる部類に入るくらいなのに。」


 十日前、事件が起こった。十一歳の少年が、寝ている両親を包丁で刺し殺したのだ。少年は犯行後自ら警察に電話をし、逮捕された。着ていたパジャマには夥しい量の返り血が付着し、連行される姿は閑静な住宅街を戦慄に包んだ。
「両親は経済的に豊かだし、一人息子として愛されていたみたいだし。犯行当日だって、家族三人で彼の誕生日のお祝いをしていたのよ?
学校にもちゃんと通って、友達も多いし成績も優秀。それなのに、両親をあんな残酷に殺害するなんて…動機が分からないわ」
 何度目か分からぬ溜め息をついて、窓の外を見やる。湿った重そうな雪がひっきりなしに降り続いている。凍りついたように心を閉ざした少年は、何も話そうとしない。

「『雪鬼に掴まった』って言ったそうじゃないか」
篠島が生真面目そうな顔で聞いた。
「そう、何度も話を聞こうとして、やっと答えたのがその一言だったのよ。」
 雪鬼とは何だろうか。彼を犯行に駆り立てたものの正体が、鬼だというのか。まさか本当に鬼にとり憑かれたと言いたい訳でもないだろう。彼の内情を表した言葉だとしか考えられない。しかし、鬼に捕らわれるような、そんな要因は見当たらない。
 額に手を当てて、篠島は何やら考え込んでしまった。どうにも手詰まりで、私は立ち上がって窓際へと歩み寄った。
 両親に愛された少年。環境にも恵まれていた少年。何が彼を凶行へと追い込んだのか。

 実は、と前置きして、篠島が言った。
「戸籍を調べていて、分かったことがあるんだ。」
篠島がファイルを捲る。重い荷物を背負っているかのように肩が垂れている。何か良くないことが分かったのだろうかと、知らず息を詰めた。
「実は少年には二歳年上のお姉さんがいたようなんだ。生まれてすぐに亡くなっているけれど、その姉の名前が…」
二人しかいないのに、何故か声を潜める。
「名前が?」
「彼と同じ、イツキと言うんだ。
それに、本当の彼の誕生日は八月。なのに毎年姉の誕生日である十二月三日に祝っていたという証言がある。」
 それって、と言おうとして声がでなかった。冷たい塊が喉に詰まったように不快で、嫌な感じがする。
「もしかしたら…両親の目に映っていたのは、彼ではなく『姉』だったのかも知れない。彼は、死んだ姉の身代わりだった。」



 その時静かだった廊下から地響きのように足音が近付いてきて、ドアが乱暴に開かれた。部下を二人引き連れた私の上司だった。
「まだあのガキは何も喋らんのか」
 篠島と私は反射的に姿勢を正す。厄介なのがきた、と目配せで語り合った。
「まったく、あんなガキは頭がおかしいか虐待でもうけて捻じ曲がっとるんだ。手間かけさせやがって」
 吐き捨てるように言うのに、こちらが吐き気を催した。
 少年がいつ姉のことを知ったのかは分からない。私達の勘違いかも知れない。想像でしかない。けれど、自分に注がれていると思っていた愛情が、本当は自分のものではなかったとしたら。名前も誕生日も、存在すら自分のものではなかったとしたら。両親の慈しみの目の中に、自分ではない『姉』の姿を見てしまったなら。それが本当であったなら、その事実は少年に、どれ程の冷たく響いただろうか。

ーーああ、雪鬼だ。
雪のように冷たく降り積もる怒りと、哀しみ、無力感、寂しさ。いつしか鬼のように昏く凝り固まって。包丁を手にしてしまった。……なんて、悲しい。
 上司はさっさと資料片付けろよと言い捨てて、来たときと同じように荒々しく部屋を出ていった。
 再び静けさをとりもどした室内に、雪が忍び込んできたような錯覚が起こる。不遇な子供たちを救いたいと願い、保護観察官という職に就いた。なのに私は何も分かってあげられなかった。表面しか見ていなかった。あの粗暴な上司と、何が違うというのか。何も違わないではないか。


 雪はいつまでも降りやまない。どこまでも積もりゆき、ちっぽけな人間達を覆い隠してゆく。芯から凍える私は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
これから彼は、私は。雪鬼に、立ち向かって行けるのだろうか。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

13/11/26 W・アーム・スープレックス

現代の得たいのしれない人間の複雑な深層心理を見事にえぐっていて、ごくふつうの少年が家族を惨殺するという、明日のニュースにでも流れそうな事件を前にした新米保護観察官の戸惑いと、無力感が、ひしひしと胸につたわってきました。読者は彼女と一緒に事件に直面し、そしてやはりその、縺れ、からみあう少年の魂を前にして、なすすべもなく呆然とたちつくしてしまいます。構成がしっかりしていて、ぶれてないので、緊張感が最後まで持続していて、どうしようもないやるせなさが読後まで続きました。名無さんの新境地に拍手。

13/11/26 yoshiki

読ませていただきました。

そして、なるほどと唸ってしまいました。何かこう心理サスペンスというか、そういう醍醐味がありました。文章もお上手ですんなりと物語に入っていけました。少年が理解され、保護されることを祈ります。お見事な作品でした(*^_^*)

13/11/27 名無

W・アーム・スープレックス様
暖かい励ましを頂いて、なんとか書き上げることができました。本当にありがとうございます!少しでも上達しているといいのですが…(>_<)
少年の境遇や、監察官の無力感をどうしたら印象的に書けるかと、構成には悩んだので、お言葉がとても有り難いです。
最後も、呆然としたまま終わるので後味は悪いのですが、自分では気に入った終わり方だったりします。ほめていただいて、ありがとうございます。

13/11/27 名無

yoshiki様
サスペンス…なんて良い響き(*´`*)とても嬉しいです。
文章の流れがおかしくないか、何度も読み返していると分からなくなってきてしまうので、すんなり入っていけると言って頂けてほっとしました。少年の今後も、機会があれば考えていきたいと思っています。コメントありがとうございます。

14/03/12 リードマン

拝読しました!
表面だけで判断しているのではないかというのは、響く言葉ですね

ログイン

ピックアップ作品