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汐月夜空さん

切ない話が好きな空想好きです。 なんでもない日常がなんでもある日常に変わる物語を読んだり書いたりするのが特に好きです。 ブログの方でも小説やエッセイ、ネタなどを書いておりますので、よければどうぞ。 twitterの方は私生活も含めて好き放題呟いてますので、汐月夜空のことが気になる方フォローお願いします。 ブログ:http://ameblo.jp/shiotsuki-yozora/ twitter:https://twitter.com/YozoraShiotsuki

性別 男性
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止まった私、進む彼

13/10/20 コンテスト(テーマ):第四十一回 時空モノガタリ文学賞【 恋愛 】 コメント:5件 汐月夜空 閲覧数:1235

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 音が響いていた。秒針の刻み、電化製品の唸り、そして私の右手と、彼の左手。
 背中合わせに伝う彼の鼓動と体温に、まるで一体となったかのように錯覚しながらも、私の手は彼の手と同様に色とりどりの色鉛筆を、イーゼルの上のスケッチブックへと走らせ続ける。
 鉛筆が走るたびに、私の目の前には青く清潔な湖上で向かい合う2匹の白鳥の姿が浮かび上がっていく。掘り出し、削り出すように、大切に白鳥の周りに青と緑を満たす。この前近所の白鳥公園で見た素敵なカップルを忘れないように、幸せと絆をまぶすように。
 ふと、気になって時計に視線を向ける。時針はいつの間にか12時を回っていた。ああ、もうそんな時間か。もう少し待ってよ。私の右手はまだ動くから。
 こんな風に、時が止まるように祈るときは最高にノっている時だ。よそ見をしている時だって、意識は絵から外れない。きっと出来る絵も良いものに仕上がる。
 けれど、時は無情。スッと彼の体温が私の背中から離れた。振り返ると、彼はスケッチブックをそっと閉じて私に向かって「寝るわ」と伝える。たった一言。それだけで意思疎通できるくらいには一緒に居る。
 彼はこれから朝6時までベッドの上で横になる。規則正しく決まった毎日を決して破らない。私のことを気にしたり、まして私に対して何かを語りかけたり、といったことは絶対にしない。
 私は彼にとっての『ライバル』であって、それ以上では決してないからだ。どれだけ背中合わせで体温を交換しようが、鼓動の数を聴きあおうが、私は彼の『それ以上』にはなれない。彼には他に『それ以上』が居るからだ。もっとお似合いの『彼女』が、遠い場所に居るからだ。
「分かった。私はもう少し描いてく」
 私がそう言うと、彼は逆手を振って答え、奥の部屋へと潜って行った。このアトリエは彼の空間。私が帰る際には逆の扉から外に出ていかなければならない。だからあの扉の先に行ったことはなく、必然的に彼がどんな部屋で何をしているのかは知らない。知る権利が無い。
 ため息が出る。徐々に失われていく彼の熱。ああ、まただ。あんなにノっていたのに、彼が居なくなるだけで途端に鉛筆が進まなくなってしまう。気持ちのブレが線に出るのが怖いから。さっきまでの線と今描く線はきっとうまく交わらないから。
 描きたかったのになあ……。私は自分のスケッチを今一度見直した。止まってしまった世界で二羽が幸せそうに愛を育んでいる姿を、羨ましく思いながら。そして、いつものように閉じられた彼のスケッチブックを開き、隣に置いて、絶望する。
 二つの絵は同じ公園で構図が得られたのに正反対のものだった。私が青なら彼は赤。私が泳ぐ姿なら彼は飛ぶ姿。私が静なら彼は動。彼の絵は、今にも羽ばたき遠くへ行ってしまいそうな、夕焼けを雄々しく飛ぶ一羽の白鳥の姿だった。
 美しかった。心が痺れて動けなくなるほどに。私の絵には無い、生きた白鳥がそこにはあった。でも、同時に悟ってしまう。私はきっとこの絵を好きになれない。見た瞬間に激しく心は動くけれど、落ち着くことが出来ないから。胸がざわざわしてしまうから。
 いつもそうだ。私と彼は決して交わらない。生き方そのものが違うから。描きながらだってそれを感じるんだ。
 例えば私は彼と絵を描いている時に、『このまま時が止まってしまえばいいのに』と望む。永遠に同じ部屋で、二人で鉛筆を走らせ続けたくなる。うまく描けている絵をずっと描いていたくなる。彼の体温を自分のものに出来てしまえたら良いと思ってしまう。
 だけど、彼はそうじゃない。限りある時間を有効に使って先に進もうと望む。早く次の絵を描きたいという焦りが背中越しに伝わってくる。うまく描けているなんて微塵も思わず、更なる高みを目指している。
 今だってそう。明日を見越して就寝する彼と、ノっていた今を大事にして描きつづけようとしていた私と。どっちが正しいとか間違っているとかそんなことは関係なく、ただ異なっているんだ。
 動き続ける彼と、止まり続ける私。描く絵も同じ。今にも動き出しそうな絵と、永遠に止まり続ける絵。それはきっと、私と彼の願望を綺麗に写し出している。
 こんなにも違うのに私は彼を好きなんだ。そして、こんなにも違うから私は彼を好きなんだ。不思議だね。
 私は二冊のスケッチブックを閉じ、近くの机の上に乗せておいた部屋のカギを持って帰り支度を始める。
 音が響いていた。秒針の刻み、電化製品の唸り、それだけ。
 私は深呼吸を一つして、退室し、カギをかけ、郵便受けにそれを受ける。冷たい空気が教えてくれる。何度知っても忘れてしまう一つの事実を教えてくれる。
 私と彼は、交わらない。


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このストーリーに関するコメント

13/10/20 猫兵器

汐月夜空 様

拝読致しました。
文章がとても巧みですね。違うからこそ惹かれる『彼』と、違うからこそ交わらない『私』。小気味よいテンポの心理描写が美しい。
彼女らのその後を見てみたいと思いました。
ふたりのラインは決して交わらないかもしれないけれど、ふたつの軌跡はとても綺麗な文様を描くのではないかと、勝手に思いました。
面白かったです。

13/10/21 クナリ

時間の流れはそれほどなく、登場人物たちの行動にも大きなものはないはずなのに、不思議なほどの深みが生じている作品でした。
限られた事象、限られた行動、限られた言葉、それらで心のありようを奏でていく巧みさがとてもよかったです。

13/10/24 汐月夜空

猫兵器様

コメントありがとうございます!
巧みだなんて! そんなこと言われるのは初めてのことです。ありがとうございます♪
ふたつの軌跡の行く末までは考えてなかったのですが、確かにそうなりそうですね。というより、なると良いと思います。

13/10/24 汐月夜空

クナリ様

コメントありがとうございます。
短編小説で時間の流れや場面の切り替えを行うのは難しいなーと思い、このような形を取らせていただきました。
書く、よりも、描く物語という感じですね。
書いているときは綺麗な話になると良いなーと思ってます。
巧みという言葉、本当にありがとうございます。

13/10/28 汐月夜空

凪沙薫様

なるほど確かに、この作品は他の演出方法では表現が難しいですね。
どうしても受け身の共感に頼った演出法にはなってしまいますが、文章独特な作風なのかなあと自分でも思います。
素晴らしいとのお言葉、ありがとうございます。

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