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どすどす

13/03/04 コンテスト(テーマ):第二十六回 時空モノガタリ文学賞【 サーカス 】 コメント:0件 おでん 閲覧数:1223

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 空に浮かぶブランコから、そのまた次のブランコに飛び移ったかのよう、季節はあっという間に冬になっていた。
 大学四年生の冬。周りの人間は、この時期を各々のやり方でエンジョイしているようだった。ある者は誰かと数を競うように卒業旅行をはしごして、そしてまたある者は、今だからこそと己に言い聞かせ、女か別の女へと、不安定な綱の上を器用に渡り歩いていた。 
 そんな中で僕だけが、春からの勤め先をまだ決められないでいた。念のために言っておくと、内定を複数もらってどこにしようか迷っているのではない。もう何十社と面接を受けて、どこからも合格がもらえないだけだ。ゴミ箱に投げ捨てた不採用通知をながめながら、もう就活なんてやめてやろうかと思った。でも、やめるわけにはいかなかった。何度落されようとも、エントリーシートを提出し、履歴書を綺麗に仕上げて、面接会場まで足を運ぶ。内定ゼロ人間は、ただひたすら繰り返されるそんな日々に対して、飼いならされた動物のよう従順に従うのみ。

 
 そこの会社では、採用までの選考過程に集団面接があった。この形式を企業側が好む理由として、学生一人あたりにかける時間を短縮できる、他の志望者と比較がしやすいなどがあげられるが、僕からしてみれば、他人の言動がいちいち気になってしまい、やりにくくて仕方がなかった。面接担当者からの質問は、与えられた玉にどれだけ鮮やかに乗り続けていることができるか、つまり、バランス感覚のない者は社会にでても通用しないぞとでも言いたげな厳しいものが多く、その合間合間に、

 ――ではみなさんにとって、働くとはなんですか。
 
 などと、こういう少し哲学めいた質問を挟むのだった。今回はなんとこたえようかと考えている最中、隣から妙な音がきこえてきた。見れば、とてもがたいのいい坊主頭の男が、自分の胸をゴリラのようにどすどす叩いていた。面接官は、どうしましたか? と、その男に尋ねた。
 
 ――すみません。緊張しちゃって。

 男は申し訳なさそうにこたえて、胸を再びどすどすやった。その滑稽な様は見るものを和ませ、緊迫していた周りの空気をたちまち穏やかにした。あんなにこわかった面接官が表情を緩ませたのを見、僕はつい感動を覚えてしまう。

 ――気持ちはよくわかります。好きなだけ叩いていいですよ。

 ――ありがとうございます。でも、これで最後にします。……どす。
 
 
 その日の帰り、たまたまそのゴリラ男と帰りの電車が一緒になり、いろいろと話をした。聞けば男は内定を二つもらっていて、就活はこれで最後にするつもりだという。見た目とは裏腹に、物腰が低くて丁寧な言葉を使う男だった。せっぱつまっていた僕はそんな彼を心の底から羨ましく思って、どうすれば内定をもらえるのかと恥を忍ばずに尋ねた。男はこれは私の持論ですが〜と前置きを入れてから言った。

 ――面接官の前で、自分をよく見せようと背伸びするのはもちろん駄目ですけれど、正直すぎるのも考えものだと思うんです。

 じゃあどうすればいいのかと訊くと、男は笑顔であっさりとこたえた。

 ――ほどよくおどけるのがコツなのかなと。道化にでも何にでもなって、こいつ馬鹿っぽいけど、一緒に働いたらなんか面白そうだなって向こうに思わせたら勝ちなんじゃないですかね。適度に演じるっていうのは、慣れてしまうと案外楽しいものですよ。

 それから間もなく、男は停車した駅に降りた。そして電車が滑るようにして走りだすと、露骨なまでに大きく手を振って、今日初めて会ったばかりの僕を見送ってくれた。彼の姿は空に舞い上がる風船のように徐々に小さくなり、やがて消えてなくなった。
 途端、心に、ぽっかりと大きな穴が空いたような気がした。それはまだ幼い頃、近所の大きな空き地にたてられた色鮮やかなテントが、知らぬ間に撤収されているのを見た時に得た感覚に近かった。同級生の中で、見に行かなかったのは僕だけだったと分かった日、連れて行ってくれなかった両親をうんと責め立てたのを覚えている。共働きの二人が忙しいのは分かっていたのに、あの時の僕はどうしても許せなかったらしい。
 

 帰りの電車の中、いつの間にか眠ってしまった僕は夢を見た。
 そこはどこかの会社の一室で、とても偉そうな人と向かい合って話をしているという夢だった。僕はスーツを着ていたから、おそらくは面接を受けているのだろう。スポットライトがあてられたかのように明るい二人は意気投合したらしく、よく笑っていた。
 
 と、その偉そうな人は、急に真面目くさった顔でこんなことを訊いてきた。

 ――ではあなたにとって、人生とはなんですか。

 すると夢の中の僕は、待ってましたと言わんばかりに拳で自分の胸をどすどすうって、得意げに何かをこたえていた。(了)


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