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吉岡 幸一さん

性別 男性
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金魚とパプリカ

18/03/14 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:287

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 妻の飼っていた金魚を殺してしまった。
 昨日いつもより仕事から早く帰ってきた僕は、金魚の入っている水槽を掃除しようとして、台所の流しに水槽をかたむけて水を捨てていたら、間違って中に入っていた金魚まで流してしまった。
 前に一度だけ水槽の掃除をしたときはうまく水だけを流せたので、今度も大丈夫と思ってのことだ。けしてわざとではなかった。流しで暴れる金魚を捕まえようとしたがあまりに元気よく跳ねるものだから、手からすべって排水溝のなかに落としてしまったのだ。
 赤い金魚が三匹、ワキンと呼ばれる祭りの縁日などでもお馴染みの金魚だ。高価でもなければ珍しい種類というわけでもなかった。二百円もあれば三匹は買える。
 俺の妻はやさしい。きっと許してくれるだろう。いくら可愛がっていたからといって、たかが金魚じゃないか。それに俺は善意からしたことだ。結果、失敗してしまったが責められるほどのことではないはずだ。
 夜、仕事から帰ってきた妻にすぐに謝った。妻は疲れていたのか黙って俺の話を聞き終えると「仕方ないわね」と、一言他人事のように答えただけだった。思っていた通り怒ることもなく、金魚の死を悲しんで泣くようなこともなかった。
 妻の優しさに甘えていてはいけないと思った俺は、翌日、ペットショップで金魚を三匹買って帰った。失った金魚とまったく同じ赤いワキンだったが、こちらのほうが大きくて元気もよかった。ちょっとしたお詫びの気持ちにすぎないけれど、これでまた妻は楽しく金魚を飼えるとはずだ。
 仕事から帰ってきた妻はすぐに新しい金魚が水槽で泳いでいるのを見つけて、しばらく眺めていた後で「ありがとう」と言ったが笑顔ではなかった。おそらくは仕事で疲れていたに違いない。

 この日から突然食卓には赤いパプリカがならぶようになった。サラダだけではなく、味噌汁を含めてすべての料理に赤いパプリカが大量に入っていた。俺はパプリカが嫌いだった。微妙な辛さといい歯ごたえといい、プラスチックのようなツヤのある見た目といい、すべてが苦手だった。
「パプリカは健康にいいの。あなたの健康を考えてのことなのよ。残さず食べてください」
 妻は肥満気味の俺のことを心配してくれていたのだ。なんて優しい女なんだろう。
 せっかく俺のことを思って作ってくれたパプリカ料理を残すわけにもいかない。眉間に皺をよせながらも我慢して食べた。
 それにしても次の日も次の日も、その次の日も赤いパプリカが食卓にだされ続けたのは、いくらなんでもやり過ぎのように思えた。パプリカばかり食べるのはそんなに健康に良いのだろうか。妻が俺のことを想って善意でパプリカばかり出すのだから、まずくても努力して食べなければならないが、たまには違うものが食べたくなるものだ。
「なあ、たまにはパプリカ抜きの食事もいいんじゃないか」
 そういうと妻はテーブルに顔をふせて急に泣き出した。
「あなたの体のことが心配なの。いつまでも元気でいて欲しいだけなのに。早死にしたいのね」
「いや、もちろん食べるよ。ちょっと言ってみただけだから。いつも俺の健康を考えてくれて感謝してるから」
 妻を泣かせるようなことを言ってしまったことに反省した俺は、二度と文句を言うことなく毎日赤いパプリカばかりを食べ続けた。

 パプリカ漬けの日々が続く中、買ってきた金魚は元気に生き続けていた。気が乗らないのか妻が世話をしないので、金魚の世話は俺がするようになっていた。心なしか金魚も俺には懐いているようだった。すっかり俺が金魚の飼い主だった。だが、あくまでも金魚は妻のために買ってきたものだから、また妻が金魚を可愛がりたくなったら妻にゆずるつもりでいた。それまでの繋ぎのつもりだった。きっとまた金魚を俺が台所の流しに落としてしまうのではないかと思って試しているのだろう。そんなことは絶対にしないことを示せば妻もまた金魚に愛情を注ぐことになるはずだ。
 しばらくたったある日の食卓、妻はいつもになく機嫌が良く笑顔も溢れていた。料理をする手も弾んでいるようだった。
「ねえ、赤いパプリカには赤いお魚が合うと思うの。半分に切ったパプリカの中身をくりぬいて、そこに小さなお魚を入れて蒸しあげるのよ。ねえ、美味しそうでしょう」
 肉詰めなら食べたことがあるが、小さな魚をそのまま詰める料理なんてあるのか。そう思いながら待っていると、妻は三個だけ皿に乗せて運んできた。皿からは白い湯気がたちのぼっている。
 上から覗くと、赤いパプリカの中には俺が飼っていた金魚が三匹蒸されていた。
「大切に飼っていた金魚を殺されるってどんな気持ち? でもわざとじゃないのよ。あなたが健康でいられるお手伝いをしただけなの」
 妻は無表情にフォークを握ると、蒸した金魚入りのパプリカを突き刺した。



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