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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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子どもの報酬

18/03/04 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:3件 待井小雨 閲覧数:326

時空モノガタリからの選評

今作は、これまでの待井さんの小説に通底するものがよく出た作品だと思います。人間同士の感情的な繋がりの中で生まれる愛着と喪失への不安とでもいうべき要素を感じます。親にとっては、子供はいつまでも小さなかわいい子供のままなのかもしれませんが、一方成人した子供にとっても、親に頼りたい子供のような気持ちも根底にはやはり残っているのでしょう。これらの父への想いを通して、後半に「一人っきりで戦わなくてはいけない」「大人の私」の孤独が、浮かび上がってきていると思います。これは共感できる人も多いのではないでしょうか。親子の絆は根底では一生変わることがないとはいえ、これから年数を経て、彼らの関係性もいくつかの側面では少なからず変化していくものではないかと想像します。そのような関係性の変化も読んでみたい気がしました。

時空モノガタリK

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 父は私がすっかり大人になった今でも、ごほうびだと言ってキャンディやチョコを用意している。
「だってお前、甘い物が好きだろう」
 そう言って目尻を下げてとても優しく笑う。
 ええ、好きだったわ。甘い物が好きな小さな女の子だった。けれどお父さん、私はもうチョコで口の周りを汚していた女の子ではないのよ――とそう言っても、父は「そうか」と言ってまた忘れ、私の為のお菓子を用意して待っている。
「嫌いじゃないだろう?」
 そして今度はカステラを出してくる。ええ、嫌いじゃないわ、と答えれば「嫌いじゃない」はいつの間にか「好き」に変換されていて、父は私の好物を大人の私の嗜好に更新しないまま、私にごほうびをくれる。
「お前は良い子だから」
 皺のある骨ばった手でチョコを渡される。ねぇお父さん、私、もう三十歳を超えたのよ。ダイエットだってしてるし、コーヒーはブラック派なの。虫歯だってなりたくはない。
 けれど私は父のごほうびを受け取って「ありがとう」と答える。だってとても嬉しいのだもの。
 小さな頃は父にべったりの娘だった。体育で逆上がりができたとか、難しい算数の問題を解けたとか、毎日色んなことを父に報告しては喜んだ。自営業の父はいつも家の敷地にいたから、他の友達よりも父がずっと身近な存在だった。それがあの頃の私にはうんと自慢で、父が大好きだった。
 ――お母さんには内緒な。
 しーっ、と唇の前で指を立て、二人の秘密だと父は言っていた。しーっ、だね、と私は神妙な面持ちで頷く。父はポケットからキャンディを取り出すと、ランドセルを背負ったまま父に今日の出来事を話した私にそれをくれた。
 ――これは甘やかしじゃないんだ。
 と父は母に言っていた。甘やかしては良くない、虫歯だってできる、と怒った母への言い訳だった。
 ――勉強ができたり運動ができたり、それにとてもいい子だからそのごほうびだ。そう、正当な報酬なんだよ。
 無理矢理ひねり出した理屈は母に「馬鹿馬鹿しい」と一蹴され、母は歯の痛みで泣く私を歯医者に連れて行ったのだった。
 ――ごめんな。
 歯医者で怖い思いをした私に、父はすっかりしょげた様子で謝った。
 お父さんは悪くないよ、と言いたかったのだけれど、奥歯にきゅるきゅると当たる歯医者のドリルのことを思い出してしまって私は涙目になってしまった。
 ――痛かったよなぁ。
 それから父は私にお菓子を渡すと必ず「ちゃんと歯を磨くんだぞ」と注意をするようになった。大人になった今でも、それは変わらない。
「食べたら歯を磨くんだぞ」
 スーツ姿で仕事終わりに父の家を訪ねた今日も、昔と同じくそう言った。
「わかっているわ、大丈夫」
 そう答えて私はスーツのポケットにキャンディを仕舞う。
 母が亡くなり父が一人暮らしを初めて数年が経つ。男の一人暮らしは寂しいだろうと時折家を訪ねるのだが、案外多趣味な人で交友関係も幅広く、悠々自適の生活を送っているようだった。
 幼い日の私の好物ばかり覚えているものだからもしかして、と不安に思ったりもしたのだが、幸い頭はしっかりとしていて今のところボケなどの兆候は見受けられない。
 父親でいたいだけなんだ、と言われたことがある。
『お前が立派に成人しても、人の上に立つ地位の人間になったとしても、お前に白髪や皺が出てきたとしても、お前は良い子だ、お父さんの自慢の子だって頭を撫でてやりたいんだ』
 それが出来るのは親の特権だろう? と言った。
 その言葉で私は、パンプスの履きすぎで傷んだつま先の事もどろどろになったメイクの事も、職場の付き合いで飲んでもたれたままの胃の事も忘れられた。
 父からの「良い子の報酬」をもらって無邪気に喜ぶ娘になれた。
 だから「本当は甘いものはもうそんなに得意じゃないのよ」と言いはしても、渡されるそのお菓子を受け取らなかったことはない。
 父の方でも「おや、そうだったか」なんて言ってまた忘れたふりをしてお菓子を用意してくれる。
「また来いよ」
 少し曲がった腰で玄関に立ち、私を見送る父に手を振って別れた。
 駅まで歩いて電車に乗って、車窓を流れる夜の住宅を見ていたらそれでもう寂しくなっていた。
 明日からまた「大人の私」でいなくてはいけない。一人っきりで戦わなくてはいけない。
 ポケットに手を入れる。父からもらったキャンディが指先に当たった。
 母がいなくなってしまったように、いつか父もこの世界から消えてしまう日が来てしまうのだろう。それが出来るだけ、……うんと遅ければいい。
 ずっと父の娘でいられたらいい。
 そう願う。キャンディをぎゅっと手のひらに握り込んだ。これは私にとって、どんな宝石よりも金貨よりも価値のある大切なものだ。
 お父さんの大切な娘でいることのごほうび、こどもの報酬。
 私だけの宝物。


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このストーリーに関するコメント

18/04/11 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
社会の中で一人戦う主人公、父からの子供の頃と変わらぬ報酬がもたらす喜びと力。
丁寧で繊細な描写に引き込まれました。
身近に感じるお話でもあり、特にいずれ訪れる父との別れが遅いことを願う主人公の姿には共感を覚えました。
素敵なお話をありがとうございます!

18/04/13 向本果乃子

こんなお父さんがいて、こんな風に愛された記憶を持っていれば、「大人の私」も一人で戦いながらしっかり生きていけるはず、と思います。少し彼女がうらやましくて涙が出そうになりました。素敵なお話をありがとうございました。

18/04/17 待井小雨

光石七 様
お読みいただきありがとうございます。
今回の物語は特別なアイデアを盛り込まずに書いてみました。どこにでもいる大人の女性の、ありふれた寂しさを表現できていたか気になっていたので、「共感を覚える」との感想をいただけて嬉しいです!

向本果乃子 様
お読みいただきありがとうございます!
大切にされた記憶は、人を強くしてくれると思います。いつか来てしまう別れは寂しく取り残されるのは怖いけれど、きっとその先も自分を守ってくれるものになってくれますよね。素敵な話とのご感想、ありがとうございます(^^)

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