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松田リリーさん

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物語は、定時に終わる。

18/02/08 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 松田リリー 閲覧数:312

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『おはようございます。』

ニュースキャスターの朝のご挨拶。
キャスターはいつも決まった時間に、おはようございますと言ってくれる。ありがとう。
朝食は、白米に納豆。
汁ものはなし。
身支度をして部屋を出て行く。

ドアを開けるといつもの景色。
忙しく歩いている人々を上から見下ろす。
ここは、駅が近い。
そして自分もその群衆に混ざっていく。
混じり合って、表情のない群衆になっていくのを感じる。毎日のことだ。

そして、これも毎日のことだが、
電車で一緒になる人がいる。

顔もスタイルもとりわけ素晴らしいわけではないのだが、なぜか気になる人だ。

いつも同じ車両、だいたい同じ席で小説を耽読しているので、見つけやすい。
この時代にスマホを見つめるのではなく、小説を読んでいる若い人が珍しいから気になるのだろうか。
この人だけは、群衆とは違う、充実した朝の時間を過ごしてるようで印象的だった。

その横顔がたまらなく好きだ。
そうか、好きなのか。
あぁ、もっと相手のことが知りたい。
しかし、話しかけることなんて出来るわけなく、いつも目の端でチラ、チラと盗み見するばかり。
どうにか、話しかけたい。しかし話題がない。

自分が読書好きならよかったのに…
小説にあまり詳しくないことが、こんなに悔やまれることは今までなかった。
小説なんて題名はうろ覚えで、内容なんて覚えてないものばかりだ。

…あぁ、そういえば、森鴎外の高瀬舟、この本は覚えている。国語の教科書の続きが気になって図書館で借りて読んだ。
うん、でも、これくらいしか知らないなぁ…しかも、内容もうろ覚えだ…まったくもって面目ない。

私は群衆の1人なので、表情には出さないが、心の中でうなだれた。元気を出そうと相手をチラリと見る。今日、あの人を盗み見するのは最後にしよう。あんまり見すぎると気持ち悪いだろうし。

…あれ、
今日読んでる本…もしかして、高瀬舟。
ちょっと身をよじるふりをして近づいて、もう一度しっかり表紙を見る。


あ、高瀬舟だ。

これは、チャンスじゃないのか。
気になる人が、唯一私が知っている本を読んでいる。

今日話しかけないで、いつ、話しかけるんだろう。いや、今しかない。
私は、また身をよじるふりをしてその人に近づいた。

勇気を出せ。声を出せ。
今日ばかり、いや、今ばかりは群衆から抜け出せ自分。ちくしょう。喉が渇いてきた。なんでもう一杯、水を飲んで来なかったんだろう。
いいか、とりあえず、一言だけでいい。さぁ、自分の心臓の音よりも大きく、一言。
あぁ、あなたの瞬き、動く睫毛がまるでタイミングを計ってくれているようだ。
あと3回、あと3回睫毛が跳ねたら言葉をかけよう。なんだか長縄跳びを思い出すなぁ。
あと、2回。
…あと、1回。


よし。

「高瀬舟、自分も好きなんです。」












あぁ、


定時だ。

仕事中、こういったことばかり考えては、1人、現実の世界よりもたくさん、一喜一憂をしている。
寂しいかな、想像の中の自分の方が人間らしいかもしれない。
さて、帰ろうか。

そう、この想像力を働かせて得る高揚が、私の人生の中でのわずかばかりの報酬だ。


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