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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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ナズナ

18/01/13 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:2件 そらの珊瑚 閲覧数:317

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 明け方、私の布団にもぐりこんできたのは、やわらかな白い毛糸玉。
「ナズナ、また朝帰りか。このあばずれめ」
 眠りの浅い私は、起こされた腹いせに小さく舌打ちしながらそうつぶやいた。彼女は返事をするかのように、ごろごろと喉を鳴らした。
 発情期になると、ナズナは雌であるという呪いが突然かかったように、私がドアを開ける隙を狙って外へ飛び出し一晩帰ってこない。最初の頃は心配で、外へ出させまいとして家の中で首輪をつけた。けれどあまり執拗に鳴き続けるので断念した。ナズナをもらった女友達に相談したところ、避妊手術を勧められた。その家の猫、ナズナの母猫もナズナを産んだあとその手術をしたとか。彼女によると「発情期からも妊娠からも解放されて、平和になる」のだそうだ。その女友達と私は小学校の同級生であったから、かれこれ三十年の付き合いになる。
 今年三才になるナズナが妊娠したことはなかった。子孫を残すためにこの世に恋というものがあるのだとしたら、その恋は成就しなかったことになる。せめて一度くらいナズナの恋を成就させてあげたかった。避妊手術はそれからでも遅くないだろう。
 猫を飼おうと思ったのは、女友達のところに仔猫が生まれたのがきっかけだった。
「とってもかわいいの。ねえ、一度見に来て」
 女友達は結婚して十年ほど経っていて子どもはいなかった。欲しいのだけど出来ないのよと言った。
「雨の夜にね、傘を持って主人を駅まで迎えに行ったら、その帰り道で捨て猫を拾ったの。まだ眼もあいてない産まれての赤ちゃんなのよ。ほおっておけなかったわ。猫を育ててるとね、なんだか子どものような気がしてきてね、いろんなことがもういいかって思えてきちゃうの」
「いろんなことって?」
「虐待されて死んだ子どものニュースを聞くとするじゃない。殺してしまう人のところに子どもが出来て、なんで私には出来ないんだろう、とか。考えても答なんかないことよ。神様なんかいないんだなあと思ったりすることよ」 
 友達はティーポットで紅茶を淹れてくれた。
「ごめんね、あなたが来るのに珈琲を買っておくの忘れちゃった」
 友達夫婦は紅茶党なので、この家には珈琲がなかった。私が珈琲好きなのを知っていて友達はそう言った。いいのよ、全然。私、紅茶も好きよ、と私は答えた。
 美味しい紅茶を淹れるには、人数分プラス一杯の茶葉を入れるのよと友達が言った。それは前にも聞いたような気がしたが、私は初めてのようなふりをして「へえ、そうなんだ」と感心したようにうなづく。いつから私は平気で嘘をつける女になったのだろう。
「プラス一杯は、ティーポットのための一杯ってイギリスではいうんだって。なんだか素敵よね」
「うん」
「猫がいるとね、私たち夫婦に子どもがいないってことなんかも、どうでもいいかって思えちゃうの……たとえば夫がよその女に手を出しても。なんてね。だからあなたも猫飼わない?」
 気づけば、彼女が淹れた紅茶のカップの中で、檸檬がすっかり老いて変色していた。檸檬が檸檬でいられる時間はとても短いのだ。冷めた紅茶を飲み干せば、苦かった。
 猫を飼おうと決心したのは、あの頃の私は恋を失ったばかりで、さみしさを埋めるためだったのかもしれない。

 仔猫をもらって帰るみちばたに、白い花が咲いているのを見つけた。その花がナズナという名前だったとふいに思い出す。小学生の頃、学校からの帰り道にも咲いていて、女友達と一緒に摘んで帰ったものだった。
「ナズナの別名はぺんぺん草だぞ」知りたくもない事を教えてくれたのは同級生の男の子だった。「ひどーい。ぺんぺん草だなんて」私たちは怒ったっけ。まさかあの男の子と女友達が結婚するなんて思いもしなかった遠い昔。あの頃の無邪気な私たちはもうどこにもいないのに、ナズナは健気に咲いていた。
「ナズナ」
 私は胸に抱いたバスケットの中の仔猫に呼びかけた。
「ナアン」
 仔猫が返事をした。
 仔猫の名前はナズナになった。

「そろそろ起きなくちゃ、会社に遅刻する」
 私は寝ているナズナからそっと腕をはずす。
 ナズナからは数時間前の情事の匂いがしていたが、今回も彼女は妊娠しないだろうという根拠のない予感がした。
 猫がいればいろんなことがどうでもよくなる。彼女が言ったことは本当かもしれない。
 かつて私は恋が成就したのに産まなかった。命を殺した。そして恋を終わらせた。女友達は知っているのかもしれない。だんなの浮気相手が私だったということを。あばずれの意味が道を踏み外した女のことなら、ナズナは雌猫の道を踏み外してなんかない。私はといえば、夫が珈琲も好きなことを知らない妻を心のどこかで笑っていたのに。
「ごめん。あばずれと呼ばれるべきは私だ」
 誰にともなく吐いたひとりごとに、ナズナが薄く眼を開けた。

 


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このストーリーに関するコメント

18/01/13 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
『子孫を残すためにこの世に恋というものがあるのだとしたら』と仮定する主人公の複雑な心境が伝わってきました。逆説的には、恋の結果としての子孫、だと断じながらもその選択はしない。そんな彼女が『せめて一度くらいナズナの恋を成就させてあげたかった』と、猫を見守りつつも、『今回も彼女は妊娠しないだろうという根拠のない予感がした』と言い切るところに、彼女自身の愛や恋への淡白さが表れているように思いました。

18/01/18 そらの珊瑚

凸山▲さん、ありがとうございます。
あばずれってどういう意味なんだろうと自問自答しながら書いたお話です。
倫理観は人だけが持つもので、猫は持たないなあとか……。
いろいろと気に留めてくださりながら読んでいただけたこと、とても嬉しかったです。

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