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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで3年目に入りました。これからも勉強を重ね、たくさんの作品を書いていけるよう頑張りたいと思います。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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斜陽、あるいは黎明

17/09/11 コンテスト(テーマ):第142回 時空モノガタリ文学賞 【 上司 】 コメント:2件 冬垣ひなた 閲覧数:406

時空モノガタリからの選評

人によって評価が分かれましたが、本社と工場、エリートとたたきあげ、正社員と非正規雇用者という対立構造の中、難しい判断を迫られる中間管理職の葛藤が丁寧に書かれていると思います。自分の身が危うい時、人間関係の先が見えている時にこそ人の本音は現れるものなのでしょう。そんな中、滝谷や戸嶋のように最後まで部下のことを気遣うことのできる人間は稀有で、だからこそ余計に魅力的に映ります。また自分で選んだこととはいえ、妻や本社との関係など複雑で煩わしい人間関係の中で生きることはやはり大変だろうと思われます。関わる人間すべてに良い結末というものはなかなか得がたいですが、この時点でできる最大限のことを彼らは行ったのでしょう。厳しい生存競争の中でも人間らしい生き方を模索する人々の姿が魅力的に映りました。

時空モノガタリk

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「副工場長、生産ラインの稼働を来月から縮小する話ですが、工場従業員もリストラ対象ではないかと、皆動揺しています」
 東京出張中の工場長に代わり書類に目を通す滝谷は、製造部1課長の報告に耳を傾けながら、これまでの人生を振り返る。


 老舗電機メーカー傘下の工場に滝谷が就職したのはバブル崩壊前の好景気時であった。職場としては今も恵まれている。不況の折にも会社が業界のトップクラスを守ってきたのは、従業員を大切にし技術力の温存を図ったからだ。
 しかしそれが仇になった。ライバルのF社は、最近会社が開発した新型ソーラーパネルに目を付け、ついに大規模な買収に乗り出したのである。F社の子会社化が時間の問題となった今、最重要課題は従業員の行く末であった。
「工場長、本社の居心地が良くて帰らないんじゃないですか?」
 空席の戸嶋のデスクを睨む部下に、滝谷は溜息をついた。古くからの従業員にとって、工場長の戸嶋はいまだに部外者なのだ、暗澹たる思いがする。


 戸嶋が突然この工場に着任したのは5年前の話だ。たたき上げで出世した滝谷を差し置いて、左遷に近い形で本社のエリートが地方の工場長になったのである。快く思う従業員は皆無だった。
 当の滝谷はといえばとっくの昔に水に流している。妻からは「お人よしね」と呆れられるが、上司としての戸嶋の仕事ぶりは非の打ちどころがないので仕方がない。生真面目で面白味に欠ける男だが、年も滝谷と同じ50歳手前で、顔を向き合わせ仕事もするから自然に親しみも沸く。
 しかし滝谷が戸嶋との仲を公言すると、多くが非正規雇用者である従業員の鬱憤を晴らす場がなくなってしまう。戸嶋が嫌われ役、滝谷がクッションになって、人間関係も円滑になるのだから、責任者とは損な役回りらしい。
 ……滝谷が業務を終え窓に目をやると、工場を抱く山の稜線に夕日が消える瞬間だった。まるで工場の未来を暗示するようで、滝谷は不安にならざるを得ない。副工場長とはいえ背負う責任は重い。
 その時ドアが開き、戸嶋が室内に足を踏み入れた。


「工場長……」
「滝谷、おれと一緒に残業を。明日までに仕上げたいんだ。信頼の置ける君にしか頼めない」
 不意に最大級の敬意を払われて、滝谷は嬉しさよりも不審が込み上げた。
 まさかリストラが決まったのか……?
 渡された分厚いファイルをめくると、予感は半ば当たっていた。
 無機質な字で、工場の各部署の従業員名が次々にリストアップされている。
 その筆頭にある自分の名前を、滝谷はうろたえながら見つめる。


 馬鹿な、有りえない……。
 戸嶋は改まった様子で「君には長い間苦労をかけたね」と告げた。その重荷を下ろしたような彼の安らいだ顔が、滝谷の癪にさわる。
「何故!」、滝谷は彼にファイルを突きつける。責めるのはお門違いと分かっているが、水臭さや青臭さがない交ぜになって、滝谷は生まれて初めて上司に食って掛かった。

「何故……俺が『工場長』なんですか!」

 ……昇進の内示は滝谷だけではない。この工場を支える多くの労働者が正社員となることを本社は約束してくれたのだ。常識では考えられない。
 東京で何があったのだろうか、戸嶋は達観した顔で言う。
「残念な知らせだ、正式に工場の閉鎖が決まった。稼働はあと半年。今までの働きを、就職活動に有利な職歴を残す形で何とか報いることが出来ればと、上層部と交渉した」
「これだけの手配を工場長が?」
「……離婚した妻は常務の娘でね。本社とは確執もあったが、その縁も最後には役に立って良かった」
 窓の外、紺碧に覆われる工場の風景を、戸嶋は名残惜しそうに眺めた。
「俺は工場の終焉を見届けることはできないが、滝谷、従業員517名の事を頼んだぞ」
「戸嶋さん!」
 役職名なしで彼を呼んだのは初めてだった。
「ずるいです、一人で決めて一人で辞めて、挙句に信頼しているなんて言われたら、俺が腹をくくってやるしかないじゃないですか!」
 滝谷は、驚いた表情の戸嶋の腕をつかんだ。
「俺だって戸嶋さんを頼りにしていましたよ!」
 唇をかむ滝谷の胸中を察するように、戸嶋はその肩に手を置いた。
「くやしいが、最後の工場長は皆に人望のある君にしか出来ない。どうか頼まれてほしい」
 滝谷に巡って来た最高責任者の地位は、本社が戸嶋を追い出す口実だろうが、それ以上は黙し深々と頭を下げるのだった。


 ……戸嶋が工場を去った。
 座り心地の悪い元上司の椅子が、滝谷の背中で硬い音を立てる。
「肩書を失くしても世の中は渡れる」、落ち着いたら事業を興したいとも戸嶋は語った。
 工場の灯が全て消えれば、新天地を目指す男はもう振り返りはするまい。だが、工場をバックに仲良く肩を組んで撮った最初で最後の写真だけは、失くさないで欲しいと滝谷は思う。


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このストーリーに関するコメント

17/10/18 光石七

遅ればせながら、入賞おめでとうございます!
拝読しました。
滝谷も戸嶋も、タイプは違えど良き上司ですね。
戸嶋は滝谷にとっても上司ですが、お互いを信頼し合い共に工場と従業員のために力を尽くす関係が魅力的でした。戸嶋の引き際(語弊あり?)がカッコいいです。
素敵なお話をありがとうございます!

17/10/19 冬垣ひなた

光石七さん、コメントありがとうございます!

職場は難しいものがありますが、前向きな部分に焦点を当てました。この話は完全にフィクションではなく、身内の体験談からストーリーを膨らませました。会社の危機にまさかの正社員昇格という、世の中にはこういう考えの企業もあるのだなと勉強になりました。
最近は内容も登場人物も好きな作家の影響が大きくなってきているのですが、魅力的と言って頂けて嬉しいです。
入賞を励みに、これからも精進して頑張りたいと思います。

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