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ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

性別 女性
将来の夢 図書館にある子どもの本を全て読むこと。 童話作家になること。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

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だ・い・す・き

17/08/20 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:0件 ちほ 閲覧数:183

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 リンブルグ地方の北方ユースチス・レイにリンブルグ初の映画館ができた。若き領主ユキヤは映画が好きではなかったが、領民の強い希望で渋々ながらも受け入れた。
「ユキヤさん、忙しいんじゃないの? ボクと映画みてていいの?」「ブライに君のお守り役をさせようとしたら、苦手だからと逃げられた」「ボクも暗いところは少し苦手なの」「……。(いや、ブライが苦手なのは、いきなり突拍子のないこと言い出す君のことだよ〜)」    ──そうしてウォルター6歳は、生まれて初めての映画を領主ユキヤと見た。大人が見るような西部劇だったが、子どもにも大人気である。
 映画館を出ると、眩しい太陽の光にユキヤは目を細めた。ウォルターに視線を向けると、弾けそうな興奮をやっとのことで胸に押さえ込んでいる。
「ご感想は?」「かっこいい!」「どのシーンが良かった?」「最後!」「死んだ親友を収めた棺桶を引きずって、夕日に向かって去っていくシーン?」「うんっ! 最高!」──6歳の好みは、なかなか渋かった。
 映画を見に行ったせいで、午後のユキヤは少し疲れ気味だった。椅子の背もたれに体を預けて目を閉じていた。「もうすぐ夕方の上映時間だねぇ」奥のソファに座って読書をしていたカレルに声をかけられた。5歳年上の親友だ。ユキヤは、最後のシーンを思い返していた。
「どうやって、あれだけ重そうな棺桶を一人で引っ張って歩けたんだろう?」
  カレルが笑う。
「棺桶には、手向けの花束が入っているだけ」「えっ!?」「見ていなかったのか? 恋人と親友たちがすり替えたんだ。でも、それも当然。主人公、死んでないし」
 ユキヤはスッと片目だけ開けると、怒りをにじませてボソボソ言った。
「だから映画は苦手なんだよ、内容がつかみにくくて! 原作を読んだ方が何倍も……妙な音がする」二人の若者は、耳をすませた。
──ずるりずるーり……。 
『……ユキ……ヤ……』
 風に流されそうなか細い声がする。
「幽霊に呼ばれているねぇ?」
 実際は、泣きながら歩いてくる幼い男の子だが、カレルの『幽霊』という言葉にユキヤは反射的に机の下に潜り込んだ。「相変わらずだねぇ」と呆れた様子のカレル。
  男の子は、どういう訳だか大きな黒板を引き摺っていた。そして、カレルのいる窓の前で止まり、カレルに顔を向ける。初対面である。涙を拭って、男の子は自己紹介を始めた。
「はじめまして。パブ『ロビン』のウォルターです。『ロビン』には、お酒やおいしいごはんあるよ。あとね、アリアちゃんが大好きです。大きくなったらアリアちゃんをおよめさんにするの。よろしくね〜」
 初対面の挨拶は、店の宣伝と恋の告白。カレルは、笑いをこらえるのに苦労した。
「はじめまして。おれはカレル。ユキヤのお手伝いをしているよ。よろしくね〜」
 ふと視線をウォルターの背後に向けてみると、誰がやってくれたのか、黒板は縄でくくられ引き摺りやすいように工夫されていた。黒板にはビッシリと文字が書き込まれている。
「道で拾ったから、領主館にお届けに来たの。ついでに、映画の最後のとこマネしてみたけど、やっぱり棺桶じゃないとダメみたい」「運びにくい物なら、領主館に連絡だけしてくれたらいいんだよ。で、どうして泣いてたの?」「重たかったの。でも、がんばった! あっ、もうすぐ夕食の時間だ!」彼は慌てて去っていった。

 翌日、パブ『ロビン』の奥の壁に、あの大きな黒板が立派な絵画のように掛けられていた。チョークが飛ばないように、表面にガラスが嵌め込まれている。ウォルターは首を傾げた。計算は出来るが、字はまだ読めないのだ。昨日、黒板を運んでいる途中に何度も休んだが、その度に多くの村人が黒板に何かを書いていった。ウォルターに「運ぶの手伝おうか?」と言ってくれる人もいたが、一人で頑張りたいので丁寧にお断りした。
「この黒板は、荷馬車で運んでいる途中で落としてしまったそうだ。結局、届け先では必要なくなったので捨ててもいいという話になった。それを、カレルがお金を出して買い取り、こうして君に贈ってくれたんだよ」
  父が説明してくれた。たくさんの村人の字は、丁寧に書かれたり走り書きされていたり。
「すごいなぁ。素敵な言葉であふれているよ」
 父は、とても嬉しそうだ。
「これ、なんて読むの? いっぱい書かれてあるけど?」
 ウォルターの小さな人差し指が、黒板の一つの単語を指す。
「これは『だ』」
「うん」
「その次が『い』」
「うん」
「そして、これは『す』」
「うん」
「で、最後は『き』。続けて読んでごらん?」
 ウォルターの小さな唇が動き、ゆっくりと発音する。そして「あ……」と目を丸くして驚き、そして幸せそうに微笑んだ。


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