1. トップページ
  2. 優曇華の猫水

夏野夕暮さん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

優曇華の猫水

17/07/17 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:2件 夏野夕暮 閲覧数:236

この作品を評価する

 『入壇希望のお檀家様を、当山は歓迎いたします。電話であれば日中はすぐにお受けいたしますし、公式サイトからの応募も受け付けております。お檀家様であれば、当山はペットの法要も承ります。拙僧が森羅万象あらゆるものの安寧と供養をお約束いたしましょう』

 我が寺の公式サイトではこう書いたものの、動物の供養の仕方など欠片も知らない。しかし昨今の檀家減少は著しく、こちらもなりふり構ってはいられないのだ。
 だが動物か……。未だに好きにはなれない。特に野良猫は駄目だ。最悪だ。この身が無間地獄の底に堕ち果ててもなお、呪い続ける自身がある。真っ昼間から寺内で盛り合っている姿など、畜生そのものとしか呼べない。負邪淫戒の限りを尽くすような女犯めいた野良猫を見るにつけ、この手で去勢してやりたくなる。この野郎、許さんぞ! 俺は相手すら居ないんだぞ!
 ……と、これだけの恨み節を吐いたのには理由がある。
 野良猫どもが寺内で糞をするのだ。お檀家様から供養を賜った大切な墓地が、少し目を離したすきに糞まみれ。気が狂いそうになる。
 さらに今は八月。季節柄、普段よりも多くの人たちがお墓参りにやってくるのだ。野良猫どものしでかした惨状をお見せしないよう、寺内を丹念に掃除をし、景観を損ねない程度に猫よけ用の水の入ったペットボトル……俗に言う猫水を配置した。
 だがそれでも、野良猫どもの糞害には抗えなかった。
 数日前、お檀家様の一人である岩下さんが来られた際、猫の糞が原因であわや離檀の危機となるところだった。岩下さんは文字通り「桁違い」のお布施を支払ってくれる大切なお檀家様だ。
 しかし、岩下さんの墓は野良猫どもにとっては格好の住処となるらしい。純国産の最高級石材を磨き上げて作った豪奢な墓石は触るとひんやり涼しく、連日の猛暑を凌ぐのに最適だからだろう。
 今日も墓地の掃除をしている最中、発情した野良猫のまぐわいに出くわした。完全にナメられているとしか思えない。俺はここ一番の悪鬼羅刹な表情を作って追い払った。畜生……!
 ちなみに俺は敬虔な仏教原理主義者なので生涯を独身とする覚悟である。決して相手がいないから言い訳しているだとかではない。不妄語戒、嘘をつかないという戒めを守ることに定評のある俺だ。
 野良猫どもは一向に減る気配が無い。『仏家一大事の因縁なり』と唱えてみたが、御仏の加護は得られず。あと猫水は迷信だった。
 もはや手詰まり……そう思っていた頃、動物園に勤める飼育員の方と会う機会があった。これからペットの法要も仕事にするからには必要だと思ったからだ。主に猛獣の世話をしているという彼は、日々の仕事のやり甲斐を楽しそうに語ってくれた。ふと、俺も動物の糞拾いのテクニックだけならば彼に並び立つことが出来るような気がしたが、そんな発想しか出てこない自分が情けなくない。
 話の中で興味深かったのは、百獣の王とも呼ばれるライオンも飼育員の前では飼い猫のように甘えるのだそうだ。
 ここで俺の脳内に雷音が走った。駄洒落ではない、比喩的表現だ。
 俺は飼育員に頼み込み、とある物を持ってきてくれるよう頼み込んだ。

 効果てきめんだった。アレを置いてからと言うもの、野良猫は一匹たりとも来なくなった。
 アレとは、猫水である。無論、今までのものとは違う。三千年に一度咲くと言われる優曇華の花のように尊く素晴らしいもの……。
 その正体は、ライオンの小便を混ぜた水である。
 野良猫も、自分より遥かに強い存在であるライオンの臭いのする所には近寄らないのだ!
 岩下さんの墓前にもライオンの小便入り猫水をしこたま置いた。これで一件落着……と思いきや、墓地から「なんだこれは!」と大声が聞こえた。岩下さんだ。
 まずい、今日は来ないと思っていたが、気が変わったのか!?
 急いで岩下さんの元へ駆け寄る。
「住職さん、なんだねコレは!? 妙なペットボトルが置かれているが! 猫の糞に飽き足らず、これ以上我が岩下家を侮辱するつもりかね!」
 激怒する岩下さんは「離檀の話も本当に考えねばならんな」と恐ろしいことを言い放った。
「違いますこれは、アレなんです!」
「アレとは何だね」
「私の水分補給用の水です!」
 言って、そのまま猫水を一気に飲み干した。
 ライオンの尿が入った水。どこかほんのり甘かった。あの動物園のライオンは糖尿病だな……。
 岩下さんは呆れた顔で「そういうことならいいよ、以後気をつけ気を付け給え」と言った。
 人間の尊厳をかなぐり捨てたおかげで危機を免れた。
 が、今度は岩下さんが「丁度いい、その水で墓石を洗うか」と、ペットボトルの水を手に取り「ああ〜〜〜!!」という間もなくドバーっと墓石にぶちまけた―――



 現在。
 収入は激減し、今では即神仏になりそうな予感がしている。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/07/28 ぴっぴ

最後の方の失踪感が笑えました。ゲラゲラです。

17/07/31 夏野夕暮

ぴっぴさん、お読み頂きありがとうございます! 励みになります!

締め切り一分前まで必死で書いたのが疾走感を生んだのかもしれません。代わりに誤字が三箇所ほど残ったまま投稿しちゃってましたけれど……。

ログイン
アドセンス