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市川 春さん

性別 女性
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異種同棲生活〜猫と彼女と、ついでに俺〜

17/07/16 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:0件 市川 春 閲覧数:415

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「モモ」

窓枠に寝そべった黒猫は、俺の呼びかけにわずかに耳を動かしただけだ。振り向きもしない。もしこれが彼女だったら、一声鳴かせるくらいの芸当ができたかもしれない。

猫は気まぐれとはよく言ったもので、我が家の黒猫も類にもれず、その類だった。

SNSで話題の最新猫じゃらしなるものを彼女がネットで取り寄せた時も、モモはチラッと視線をやったのみで、むしろその猫じゃらしが入っていた段ボール箱に夢中だった。猫じゃらしに飛びつくモモの姿を夢見た彼女の残念顔といったら、言葉では言い表せない。
今や猫じゃらしは、たくさんの猫グッツが入ったモモボックスの中で、眠っている。

彼女は、自他共に認める猫好きで、そして何よりモモ命だ。モモのことを心から愛している。もはや、恋人だ。
そんな彼女と一緒にいる俺は、なんて理解があるのだろう、としみじみ思う。

彼女は、恋人(もちろんモモのことだ)との快適な生活を守るために、先程バタバタと仕事へ行った。この時間は、モモと俺の二人きり。まぁ、モモと俺とで“二人”とカウントするかどうかは別として。

モモは彼女が出掛けた途端、窓枠に飛び乗り、外を眺め始める。たぶん、彼女を探しているのだろう。彼女が出掛ける時は、声をかける彼女を無視してベットに寝そべっていたというのに。まったく、あまのじゃくで可愛いやつだ。
こんないじらしいモモの姿を見られるのが、数少ない俺の特権だ。

実は、俺はモモのことを触るどころか、近寄ることもままならない。常にそこには一定の距離がある。

彼女とモモと一緒に暮らし始めたのは、三か月前からだ。
急遽建て替えの決まった俺のアパートが、三か月前新築として生まれ変わった。おまけにペット可。
それを知った彼女は、俺の意志などおかまいなしでこの部屋に越してきた。公園で野良猫をやっていたというモモを連れて。

おかげで俺はモモ命の彼女に空気みたいに扱われながら、モモには一定の距離をとられながら、なんとなく肩身の狭い日常を送り始めている。
もちろん最初は戸惑ったが、そんな毎日もなかなかいいじゃないか、なんて思っている俺は、実はマゾっ気があったのかもしれない。
とてもいまさらな発見だが。

「モモ」

もう一度、めげずに呼んでみる。もちろん、反応はゼロ。器用に耳だけこちらに向ける。最初は、あまりにも見事な無反応ぶりに、聞こえていないのでは?と疑っていたが、そうではないらしい。せわしなく俺の声や動きに反応するピンっと立った耳が、それを教えてくれた。

「はぁ」

思わずため息がもれる。どうにか、気を引きたいと思う。彼女とモモとの仲を邪魔したいわけではない。ただ、彼女がいない時ぐらい、俺とも遊んでほしい。
貴重な遊び相手なのだから。

モモボックスの中から、例の最新猫じゃらしを手に取る。猫じゃらしについている鈴が鳴り、モモがこちらに視線をくれた。俺は嬉しくなり、猫じゃらしを持ったままモモに近づいてみるが、モモはするりと猫じゃらしをかわし、距離をとって俺の横を通り抜けた。そしてそのまま、寝室に向かってしまった。
俺は少々やけになって、寝室に向かって猫じゃらしを左右に振り続ける。モモが寝室から、飛び出してくることを願って。


「ただいま〜」

玄関が開く音がして、その後に疲れ切った彼女の声が続く。パッと電気がついて、部屋が一気に明るくなった。時計を見ると、もう夜の7時を指している。

「にゃ、にゃ」

短く鳴きながら、寝室から出てきたモモが彼女を出迎える。

「モモちゃ〜ん〜」

まさに猫撫で声を出しながら、彼女はモモを撫で回しているのだろう。いつものことだ。

「仕事お疲れ」

リビングから俺は声をかける。

「モモ〜」

まだ、撫で回しているようだ。俺の労りは完全に無視される。いつもの、ことだ。

「モモちゃ〜ん」

いいかげんしびれを切らしたのか、彼女から逃げ出したモモがリビングにやってきた。彼女もモモを追ってくる。
リビングにきた彼女の視線は、俺を通り抜け、床のある一点で止まった。そこには、俺が持ち出した最新ねこじゃらしが。
しまった、と思った時にはもう遅い。彼女はそれをひょいっと拾い上げ、にやにやしながらモモの前で左右に振ってみせた。

「遊んだらちゃんと片付けといてよね、なんて無理だよね〜。モモちゃんは猫ちゃんだもんね〜」

しゃがんだ彼女の背後に立つ俺を、モモはじーっと見る。じーっと。琥珀色の瞳が、俺だけを見て動かない。

「一人でお留守番の時は、これで遊んでくれるのかぁ」

猫じゃらしを振り続けながら、彼女は言う。モモはそれには目もくれず、俺を見続けている。ただただ、じーっと。


モモには、俺が、見えているから。


この奇妙な同棲生活はしばらく続くだろう。彼女が、俺に、気づくまで。


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