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宮下 倖さん

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おやすみでぇす

17/06/05 コンテスト(テーマ):第135回 時空モノガタリ文学賞 【 休日 】 コメント:6件 宮下 倖 閲覧数:432

時空モノガタリからの選評

これは素直に休むことの大切さが伝わってくる内容ですね。休日にも何かしなければ、と大人はついつい頑張ってしまいがちですが、たまに親しい人々と共に時間を過ごし、社会的な役割を忘れることは、確かに大切かもしれませんね。家族や親しい人々同士が仲良く過ごすこと以外に必要なことは、本当はないのかもしれません。大人になると、人生はどんどん複雑に観念的になってしまうのですよね。シンプルに大事なことを教えてくれる子供の存在は貴重です。子供時代の感覚が思い出され、読んでいて胸がスッとするようで、読後感がとても爽やかな作品でした。

時空モノガタリK

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「ママこれなあに?」
 公園まで行った散歩の帰り道、直也の指さすほうを見て澄子は「ああ」とうなずいた。
 郵便ポストと並んだ赤い自動販売機に「故障中」という手書きの紙が貼ってある。
「これはね、ええと……おやすみってことよ。自販機さんも疲れちゃうからね」
 壊れてるのよという言葉を飲み込んだのは、最近、直也のお気に入りのおもちゃが壊れて大泣きしたことを思い出したからだ。
「ふうん、おやすみかあ。ジュースも寝てるんだねぇ」
 直也は笑って澄子を見上げる。澄子も「そうね」と微笑み返した。
 その日の夕飯を終える頃には忘れてしまうような、なんということのないやり取りだった。


 その週の日曜日である。
 朝食の後片付けを終え、掃除機を出そうとクロゼットを開けた澄子は「あら」と声をあげた。
 掃除機の背中に「おやすみ」と書かれた紙が貼ってある。直也の字だ。
 幼稚園の年長になったばかりだが、家族の名前である「なおや・すみこ・はるお」は覚えたので「おやすみ」はなかなか上手く書けていた。
 でも、おやすみってなんだろう。
 怪訝に思いながらも掃除機に手をかけた澄子のもとに直也が「だめー!」と駆けてきた。
「つかっちゃだめ。おやすみって書いてあるでしょ?」
「えっ、お掃除できないよ」
「そうじきさん、おやすみでぇす!」
 掃除機と澄子の間に体を入れ、直也は頑として動かない。何か新しい遊びを幼稚園で覚えて来たのかと苦笑していると、晴雄が隣室からひょっこり顔を出した。
「一日くらい掃除しなくたって死なないぞー」
 のんびり屋の夫が直也とそっくりの顔で大らかに笑う。
 澄子は「そうねえ」と肩をすくめ、それならと洗面所に足を向けた。
 からりと明るい朝で洗濯日和は間違いない。洗濯機に手をかけようとすると、そこにも直也の「おやすみ」があった。
「せんたっきさんもおやすみでぇす!」
 澄子の後ろをちょこちょこついてきた直也が歌うように言う。
「えー、せっかくいいお天気なのにー」
「明日も晴れるってさ」
 また晴雄の声。直也が嬉しそうにうんうんとうなずいている。
 なんの遊びだろう。これでは家事がぜんぜんできない。
 晴雄の言う通り生死に関わるような話ではないが、主婦としてはもやもやする。
 掃除洗濯ができないとなれば炊事か。
 昼食までは間があるから、気になっていたシンクでも磨こうか。
 澄子は台所に向かったが、リビングと台所を分かつガラス扉の前で足を止めた。彼女の腰ほどの位置に「おやすみ」の張り紙がある。
「だいどこさんもおやすみでぇす!」
「直也!」
 思わず高い声になった。何が楽しいのかわからないが、これでは仕事にならない。
「これじゃあママなんにもできないじゃない」
「なんにもしなくていいよ。今日はママもおやすみでぇす!」
「えっ……」
 戸惑っていると、晴雄がやってきてはしゃぐ直也の頭をやさしく撫でた。
「直也がさ、今日はママをおやすみにしようって。なんかさ、張り紙したらおやすみになるって言うんだ。よくわかんないけど……たしかに最近忙しかったし今日はゆっくりしようよ。ドライブでも行く?」
 そう言って壁のキーボックスに目をやった晴雄は「ん?」と首をかしげた。
 つられてそちらを見た澄子の目に、車のキーにくっついた「おやすみ」の文字が飛び込んできた。
「パパもおやすみでぇす!」
「ええー?」
 目をまんまるにした晴雄が可笑しくて澄子は吹き出した。直也が晴雄の腰に抱きつく。
「パパ公園いこ? こないだママと行ったらねアジサイがきれいだったよ。一緒におさんぽしよ? パパもママもそうじきもくるまも、今日はみーんなおやすみ!」
 弾けるような直也の笑顔に澄子と晴雄は顔を見合わせた。
 家にいればだらだらとテレビでも観てしまうだろうし、ドライブに行けばいろいろ気疲れもある。
 近所の公園で家族の存在を近くに感じながら過ごす休日も悪くない、いやむしろ贅沢で幸せなことのように思われた。
「そうだな、行くか公園」
「うん。たしかに植込みのアジサイきれいだった。途中、自販機でジュース買っていこうか」
 直也が歓声をあげる。
 それは、穏やかな休日のはじまりにぴったりのきらきらした明るい声だった。


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このストーリーに関するコメント

17/06/05 浅月庵

宮下 倖様

作品拝読致しました。
自販機の故障の場面で「おやすみ」というワードが
出てきて、家族の名前に「お・や・す・み」という
文字が入っているから幼稚園の年長さんにしては
上手く書けている。
という物語の流れ方が、
繊細で上手だなぁと思わず唸ってしまいました。
その後の展開も読後感も素敵で、大好きな作品です。

......ずっと伝えようと思って遅れてしまったのですが、
時空モノガタリさんの作品集で「秘しても色あふるる世界」が
一番好きな作品で、何度も読み返してます。
なかなか言うタイミングがなかったので、
この場をお借りしてしまったことをお許しください笑
これからも楽しみにしております!

17/06/10 待井小雨

拝読させていただきました。
「おやすみでぇす」、この言葉に小さな子供の可愛らしい気遣いがたくさん詰まっていると思いました。
お父さんにもお母さんにも、働かない「お休み」があってもいい、それでのんびり一緒にお散歩が出来たら嬉しい。そんな気持ちが感じられる、可愛いお話でした。

17/06/11 冬垣ひなた

宮下倖さん、拝読しました。

大人がなかなかできない「おやすみ」。直也くんの、のびのびとした素直な感性にとても心が和みました。たまには休日をこんな風にゆったり過ごせたらいいですね。とても楽しいお話でした。

17/06/18 むねすけ

読ませていただきました

このような純粋さをいつかの自分も確かに持っていた気がするなぁと
子供の頃の気持ちが想起されるほど、リアリティーに溢れていて
心がすーっと静かに帰っていくような、あったかい作品ありがとうございました

17/07/03 瀧上ルーシー

拝読させて頂きました。
両親思いの直也くんに和まされてしまいました。
自分が子供の頃と比べて聡明な子のように感じました。

17/07/03 光石七

入賞おめでとうございます!
遅ればせながら拝読しました。
かわいくて、あったかくて、素敵なお話ですね。読後、自然と笑顔になりました。
こういう休日をたまには過ごしたいものです。
素晴らしい作品でした!

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