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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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そんなに優しくしなくていいよ、泣くのはそれほど好きじゃないから

17/05/27 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:5件 クナリ 閲覧数:727

時空モノガタリからの選評

登場人物の会話が個性的かつ自然ですね。ビルの上の緊迫した場面ながら、名前も知らない二人の距離感が程よいために暗さやベタつきがなく、さらりとした軽さが漂っていると思います。また「ボカロ」などの要素をおりまぜ、会話をふくらませるのがうまいですね。この少女にとって人生は苦痛そのものなのですね。これまで生かしてきたピアノに対する彼女の「苦痛と快感のバランスが悪すぎる」という表現は独特ですが、普遍的な内容が含まれているような気がします。喜びであるはずの行為の中にも、苦しみや悲しみが一定程度まじりあい、あるいは喜び自体も苦へいつでも反転しかねないということは、真実ではないかと感じます。しかしそうはいってもやはり生まれてきた以上、誰しも前を向いて生きなければならないわけで、このような生に内在する苦から不器用ながらも少女を救おうと試みる少年の、押し付けがましくない優しさがふわりと伝わり魅力的でした。 

時空モノガタリK

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 八階建てのビルの屋上のへりは、風が強く、柵の外側に腰かけた少年と少女は、頼りなく空中に投げ出した足を揺らした。
 夏の夕方はまだ明るいが、路地裏に向いた一角であるため、地上からはまだ見つかっていない。
 二人は同じ中学の同学年で、背格好もほとんど変わらない。それぞれの制服姿でなければ、同性に見えたかもしれない。
「もう何十度か体を前に傾ければ、死んじゃうのね」
 少女は眼下を見下ろした。地上の細い路地には、ごみ箱のポリバケツ、黒いごみ袋、それとごみ。居心地はよさそうだった。
「やっぱり君は死なない方がいいよ。こんなにスタイルもいいんだし」
 少年が無表情で言いながら、少女の腰に手を回す。
「何してるの変態」
「死にたい原因は家族?」
「家族っていうのかな、あれ。都合がよくて一緒に生活してるだけの他人て感じ」
「そういう人は、家族以外のコミュニティを持った方がいいと思うよ」
 少女は肩をすくめて、それから、耳をそばだてるしぐさをした。
「ピアノの音がする。あなたの方から」と少女は、自分の右に座った少年の、更に右を指差した。
「私の曲。あなたが五線紙を拾ってくれたやつ」
 少年は右――の虚空と他のいくつものビル――を見てから、
「幻聴だね」と左手の少女へ向き直った。
 そこに少女はいなかった。ゆるやかに風が吹く。
 そういえば彼は、いまだに彼女の名前も知らなかった。



 二週間前。
 放課後、少し広い川の橋の上で、少女は五線紙の束をつまんでいた。
 その指から、次第に力が抜けていくのを、止められないでいた。
 やがて川の上を吹く風にさらわれ、五線紙が中空に舞う。そのほとんどが川面に落ちて、流されていく。少女は、それをぼうっと眺めた。
 これって、不法投棄とかになるのかな。胸中でぼんやりそんなことを考えていると、河原に人影が現れた。人影は躊躇せずに川の中に入ると、集められる限りの五線紙を拾い集めた。全量の半分もなかったが。
 人影はびしょ濡れのまま、橋の上へ上がってきた。少女に紙束を突き出して、
「ごみで川が汚れる」と言い放つ。
 あ、蹴りたい、と少女は思った。
「君のオリジナルか? せっかくいい曲なのに、ごみにするべきじゃない」
 あ、いいとこもあるな、と少女は思った。
「それだけで、どんな曲か分かるの」
「分かるね。それで、君は何でそんなに、死にたそうな顔をしてるんだ」

 橋の下の死角に座り込んで、二人は少し話をした。
「ピアノが好きで弾いてる人なんて、そういないと思う」
「僕は聴く方専門だから、よく分からないな。ピアノの音はいいと思うけれど」
「私には、苦痛と快感のバランスが悪すぎるの」
「それが死にたい理由?」
「まさか。ピアノがなかったら、もっと早く死んでる。でも、もう頑張って生きることもないかなって」
「そう。でも自殺するなら、僕の近くで敢行してくれないか。できる限りは、止めたい」
 少年は五線紙に目を落とした。不完全な自分の、不完全な音楽。彼の頭の中で、今、鳴っているのだろうか。
 一人だけでも聴いてくれてよかった、と少女は思った。



 ビルの壁に沿って宙に浮いた少女は、一メートルほど上方にいる少年を、恨みがましくにらんだ。
「いつの間に、私のお腹にロープなんて巻き付けたのよ」
「さっきウェスト触った時。好き好んでそんな腰回りに手を出さないよ」
 少女に巻かれたロープは、もう一端を屋上の柵にくくりつけてある。腹が締まって苦しかった。
「引き上げるのに少し時間がかかるから、音楽でも聴いていてくれ」
 少年は、懐から出した携帯プレーヤーのイヤフォンを少女に垂らした。ぎりぎり届いたそれを、少女は耳に押し込む。
「ちなみに、何の曲だと思う?」
 少女が、かっと赤面した。
「あなた、まさか……」
 そして音は流れ出す。数瞬の間があり――
「……これ、ボカロじゃないのよ」
「何か問題が?」
「私の曲を弾いたのを入れてあるのかと思ったじゃない」
「僕は聴く専門だと言ったよ。何で、僕が君の曲を弾いてくれるなんて思うんだ」
「ッ……そ、それにしても、なんでボカロ!」
「ボカロの何がいけないんですかー。ボカロは音楽じゃないんですかー」
「……あなた、地ってそんな感じなの」
 ゆっくりと、少女の体が引き上げられていく。
「そういえば、私の五線紙、どうしたの」
「乾かして置いてあるよ。ぜひ補完してくれ」
「私が死んでも、あの音は残るのね」
「人が死ねば、音も死ぬよ」
 やがて曲が変わり、ピアノソロが流れ始めた。お世辞にも上手とは言えない。が、――今度こそ――聞き覚えのある曲。
「これ……」
「ね。僕の演奏は聴くに堪えない。君の曲には、君が必要だろ」
 ビル風に混じって、力を振り絞る少年の吐息が、少女の髪を温かく揺らした。


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このストーリーに関するコメント

17/06/08 冬垣ひなた

クナリさん、拝読しました。

先日ツイキャスお聞きしました。あの中で話しておられたストーリーが、この作品になったのですね。冒頭とラストのために、盛ってしまいそうな情報をぎりぎりまで削ぎ落しておられるのが良く分かります。
「死にたい」と「生きたい」の間で揺れ動く少女に、一人でも自分の音楽を分かってくれる人がいてくれてよかったです。話に織り込まれた少年の人物描写も上手いと思いました。

17/06/09 糸白澪子

拝読しました。
「人が死ねば、音も死ぬよ」という言葉が私にはとても印象的です。
久しぶりに、あえてプロのピアニストでなく、友達の弾くピアノを聞きたいと思いました。
素敵な物語を、ありがとうございます。

17/06/10 クナリ

冬垣ひなたさん>
二人の人間が絡む場合、二人の外見や関係性を最小限の言葉で、しかもなるべく説明ぽくなくするのには、毎回苦心してます(^^;)。
そんなんです、ツイキャスのエピソードからストーリーを作ったら、こんな風に仕上がりました。
二人の交流が、ストーリーを形作れていればいいのですが。
コメント、ありがとうございました!

17/06/10 クナリ

糸白澪子さん>
このセリフ自体は方便というか、かなり極端な言い方をしていますが、ある種の彼なりの真実を確かに含んでいると思います。
クナリは音楽の素養は弾く方も聴く方もゼロですが、だこらこそ音楽がもたらすものに憧れがあるっぽく、今回の登場人物はそれを体現してくれたような気がします。
コメント、ありがとうございました!

17/07/17 光石七

入賞おめでとうございます!
遅ればせながら拝読しました。
二人のキャラクターと関係性がいいですね。
最小限の言葉で登場人物の外見・内面・関係性などを立体的に見せる技量はさすがです。
上手く言えませんが、クナリさんらしい優しさを感じる作品でした。
素晴らしかったです!

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