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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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父ゆえに

17/05/19 コンテスト(テーマ):第134回 時空モノガタリ文学賞 【 正義 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:298

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 Aはその世界では「正義の味方」と呼ばれている。
 未解決、或いは法の結論に納得できない事件の被害者が「紹介者」を介し人から人へつながり、Aを頼る。
 Aの方針はいたってシンプルだ。
 目には目を。
 ひき逃げに遭い半身不随になった被害者には、加害者を見つけ出し半身不随に。いじめで自殺した子供には、いじめの首謀者に同じ死を。
 闇から闇へ。独自のネットワークで成り立つ完全犯罪。
 
 依頼から1ヶ月後、J子は指定のコインロッカーへ赴いた。
 ただの噂、都市伝説。Aはそんなあやふやな存在だが、藁をも掴む思いで払った前金は決して安くはない。
 言われた通り、今朝郵便受けに入っていた鍵を使いロッカーを開ける。
 一通の封筒が入っていた。中を確認すると、USBがひとつ。急いで家に帰り、パソコンで中身を開くと、動画が再生された。
 小汚い中年男が、どこかのトイレ、和式便器の上にかぶさるように手足を折り曲げ横になっている。手足に粘着テープが巻かれ、怒りと恐怖で血走った双眸を、J子はモニター越しに睨み返す。脅されているのか、男が吐き捨てるように自分の名を名乗る。隙間だらけの黄色い歯が見えた。
 カメラが一旦床に置かれ、視点が大きく下がる。床と足と便器くらいしか見えない。そこへ第2の人物が加わり、男にかぶさる。男がくぐもった声でわめきもがく。
 J子は息を飲む。
 やがて誰かがカメラを拾い上げ、再び男にかざす。首元に寄る。赤黒い紐状の跡がある。男はもう、動かない。
 J子はパソコンから目を逸らし、嗚咽した。
 背後の箪笥の上に幾つもの写真が並んでいる。そのどれもに、小学生の女の子の晴れやかな笑顔が納まっていた。

 
 コインロッカーの中に返却されたUSBと残額の現金を確認し、A、こと麻野は一息つく。
 一筆書きの手紙も入っていた。こういうことをする依頼主は女性に多い。
『これでS菜に顔向けできます。感謝』
 S菜は依頼主のひとり娘だ。
 10年前、悪戯目的で拉致され、公園の公衆便所で殺された。犯人は複雑な家庭の事情で情緒不安定、謝罪の意思あり、諸々が考慮され懲役7年という軽さで出所。
 麻野は依頼内容を吟味したりはしない。
 復讐の神、と呼ばれたりもするが、実際、犯人が死刑になろうが、復讐しようが、何をしても誰も救われない。それでも、復讐にしか正義を見出せない人間がいる。そこに需要と供給を見つけたからやっているまでだ。


 帰宅すると、小学生の娘の悲鳴が聞こえた。
 慌てて駆け上がる。
 洗面所の前で娘が取り乱し、涙目で訴えた。
「お父さん、ゴキブリ」
 麻野は腑抜けのごとく立ちつくす。そこへ、妻が丸めた新聞紙と殺虫剤を手に鼻息荒くやってきた。
 男勝りの見事な動きで、ゴキブリは平たく息絶えた。
 歓喜する娘の頭を撫でながら、妻が呆れた視線を麻野に向ける。
「虫も殺せないって、ほんと頼りない」
 麻野はしゅんとして眼鏡の奥の小さな目を逸らした。
 40代、冴えない風貌、犬に吼えられたら飛び退きそうなタイプ。家族にはそう見える。
「あなた、手が空いてるなら回覧板まわしてきてくれない?」
 それくらいできるでしょ、と言下に妻が睨んだ。

 ようやく自室に戻ると、麻野はポケットのUSBをタオルでくるみ、慣れた手付きでハンマーで破壊した。
 自宅で働く麻野の仕事が電気機器の修理やら何やらの「機械関係」だと家族は信じ、内容が理解の範疇を超えるため特に感心を寄せてこない。
 引き出しの中で仕事専用の電話が鳴った。折りたたみ式の古い型だ。電話に出ると、いつもの「仲介者」の声がした。
『お疲れ様。ひと仕事終えたばかりで悪いんだが、後がつかえている。次の依頼、いけるか?』
「いけるよ」
 「仲介者」は簡単な依頼内容を口頭で伝え、電話を切った。その途端、「お父さん」という声と共にドアが勢いよく開いた。
「お母さんが晩ごはんまでに宿題終わらせろって。手伝って?」
 本当は自分でやれ、と言いたいが、毎回この顔に負けてしまう。
 やれやれ、と麻野は部屋から出た。
 ぴょんぴょん跳ねて自室へ向かう娘の背中を見ながら、麻野は今聞いたばかりの次の依頼を反芻する。
 高齢者が運転する車にはねられ死亡した妻と幼い息子。妻は妊娠していた。加害者は認知症で責任能力無し、故に無罪。他に移動手段がないという理由で、再び運転をしている。
 依頼主は被害者の夫。
 車がいるな、と段取りを頭で組み立て始めたところで、「お父さん」と子供部屋に入るなり、娘が小声で顔を寄せてきた。
「あたし、虫も殺せないお父さんは優しいと思うよ」
 依頼を右から左へ遂行するのみ。
 ただの隙間産業だと、麻野は割り切っている。
 あなたー、手が空いてるならクッキーの散歩行ってー。階下から妻の声がした。 


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