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おかずさん

空想症候群

性別 女性
将来の夢 陰ながらでも誰かの役に立つこと
座右の銘 人生はノリと勢い

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回想電車

17/03/21 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 おかず 閲覧数:165

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 目の前の青年は白くて冷たい手で私の腕を引きながら歩いている。見たことのない寂れた商店街の中をわき目も触れずに進んでいる。私は今、自分の名前を探している。彼岸から此岸に帰るためになくした名前を取り返しに行くのだ。
 ここに来たのは数時間前、電車で寝過ごして車掌に起こされた。降りてみれば見知らぬ廃墟が広がっていた。誰もいない街を彷徨い、おいしそうなにおいに誘われて店に入ったところで彼に会った。
―ここには君のような人が食べるものはないよ。
彼はそう言って私の手を引いた。どことなく懐かしい感じがした。しかし彼の手はあまりにも冷たかった。彼はスズキと名乗った。自分も名乗ろうとしたところで、言いごもってしまった。自分の名前が思い出せない。名前の名乗れない私に彼は小首をかしげた。
―ここにきて何か食べた。
私は首を横に振る。
―それなら、ここに来る前は。
電車の中でなら、飴玉を一つ食べたと答えた。電車で助けた男の子が変わった色の飴玉をくれたのだ。彼はがっかりした声で、
―それだ、君はヨモツヘグイをしたんだ。それで、名前を盗られたんだ。
聞きなれない言葉だった。
―彼岸の食べ物を食べることだよ。それをすると此岸には帰れなくなる。君の場合名前を取り返さないと此岸には帰れない。
私は持ち物を全部探してみたが、名前のところだけが削られたように見えなくなっていた。もう帰れない、泣きそうな私の頭に彼の冷たい手がそっと乗せられた。また懐かしい感じがした。
―大丈夫、まだここにきて短いから、どこかにあるかもしれない。
そうして、彼と二人で名前を探すことになった。廃屋のいろんなところを巡った。初対面のはずだが不思議と彼は信用できる気がした。彼に引かれて迷路のような廃墟の中を進んでいく。どんな根拠があるのかわからないが、彼は私をいろんな建物の前に連れていくとそのたびに見覚えがないか聞いてきた。しかし、私は心当たりがなかった。私が首を横に振ると、彼はすぐに次の場所に向かって行った。しばらくして廃墟を抜けて開けた場所に出た。そこには平屋が建っていた。ぼろぼろで、壁は朽ち果ててところどころ穴が開いている。私はこの平屋に見覚えがあるような気がした。それを聞いて彼は大きくうなずくとその中に入っていった。
平屋はどうやら小学校のようだった。小さな机と椅子が部屋の中にいくつも残っている。廃校なのにどこからともなく子供たちの声が聞こえてきそうだった。不意に私はどうしても行きたいところが思い浮かんだ。初めて来る場所のはずなのに、行くべき場所が頭の中に浮かんだ。私は彼を引き留め着いてきてほしいといった。彼は微笑むと何も言わず私についてくる。迷うことなく目的の教室に着いた。教室に足を踏み入れると廃校の景色は一変し、真新しい教室へと姿を変えた。間違いない、ここは私の通っていた小学校だ。私は彼の手を放し、教室の後ろに向かう。教室の後ろには沢山の絵が飾られていた。堰を切ったように当時のことが思い出される。卒業間近の小学六年生の私は希望にあふれ、輝かしい将来をその画用紙に書いたのだ。一つ一つ絵を見ていく。どれも暖色の明るい絵ばかりだった。誰もが自分の夢に憧れ、叶うことを信じて疑ってはいなかった。いつからだろうか、夢を見ることをやめ、足元の現実だけに目を向けるようになったのは。一つの絵の前で足が止まった。沢山の洋服に囲まれて自慢げな顔をした女の子。私の絵だ。思わず涙がこぼれた。このころはただ洋服が好きで、洋服を作る仕事に就きたいと夢見たのだ。周りの才能に劣等感を覚え、打ちひしがれていた帰りの電車で私はここに来たのだ。画用紙には下手な字で自分の名前が書いてあった。やっと自分の名前を取り戻したのだ、夢に憧れ、希望を持っていたあの日の気持ちと一緒に。
―よかった。やっと見つかったね。
涙する私の後ろで彼が優しくそういってまた私の頭を撫でた。私は同時に自分の横にある絵に気づいた。ロボットと車に囲まれた男の子の絵。書いたのは鈴木君。私はハッと後ろを振り返った。彼が歯を見せて笑っている。
―これで帰れるよ。もう来たら駄目だからね。…ちゃん。
急に足元がおぼつかなくなった。笑いながら手を振る彼の姿が遠ざかってく。

 「おねえちゃん、終点だよ。」
肩をたたかれて気が付いた。電車の中でいつの間にか寝てしまったようだ。隣の席の少年が母親と一緒に起こしてくれたようだ。降りる人に流されるようにホームに出た。夢を見ていたようだ。不思議な夢だった。冷たい風に肩をすくめ、ポケットに手を入れると何かが手に触った。それは見覚えのある変わった色の飴玉だった。あの夢は私を叱責しようとしたのか。希望をなくし夢をあきらめようとした私を。彼は仲良しの鈴木君だったのか。ヨモツヘグイ。飴玉を食べるのはやめておこう。


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