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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
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プロメテウスの火

17/03/16 コンテスト(テーマ):第101回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:297

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 みなさん、いまこそ悪しき科学技術のくびきから逃れるときです!
 産業革命からこちら、われわれは幸せになったのでしょうか? 見渡す限りの田園風景、刈り入れどきの心地よい秋の風、黄金色に輝く稲穂。古きよき日本はどこへいってしまったのでしょうか?
 それらはもはやどこにも存在しません。感受性豊かなわれわれ〈地球環境保全委員会〉と、あなたがた良識ある一般市民のみなさんの頭のなか以外にはね。
 もし生活水準の向上と引き換えに自然のままの美しい日本が失われたのなら、われわれはどうすべきでしょうか。このまま観念してテクノクラートたちに好き放題させるしかないのでしょうか。もちろんそんなことはありません! われわれは意志を持った――それも強い意志を持った一人前の成人であります。
 自動車に人が殺されています。携帯端末に健全な精神が堕落させられています。産業ロボットが仕事をとてつもなく早くこなすせいで、ますます意図せざる加速現象が世界を席巻しています。その結果、人びとはへとへとに疲れ切っているのです。
 電気文明は生活水準を向上させはしました。ただその代わりにかけがえのないものを――そうです、人間としての矜持を奪っていったのです!
 いまこそ立ち上がるべきときです。決起し、蜂起し、人間としての矜持を取り戻すのです!
 ――〈地球環境保全委員会〉理事の演説から一部抜粋

     *     *     *

 暴徒の群れは水力発電所の基幹ユニットをメタメタにすべく、とうとうそれを包囲した。勇敢な保守作業員の抵抗もむなしくだ。彼らはどこから仕入れてきたのか、おのおの自分がもっとも得意とする武器を携帯している。なかにはおのれの拳に絶対の信頼をおいている腕自慢もおり、そいつは高らかに握りしめた拳骨を掲げて雄叫びを上げている。
「桐谷さん。ぼくは思うんですけどね」後輩の保守作業員がバリケード――一九六〇年代の学園闘争もかくやといったようすの――越しに怒れる群衆を睨みつけながら、「この騒ぎはいったいなにごとですか。これが……これが文明化された人間のやることとはとうてい思えません」
「俺もだ」先輩格は目を強く閉じ、眉間にしわを寄せている。「こいつらは本当に義務教育を修了してるのか?」
 二人が固唾を呑んで見守っているうち、タービンに痛恨の一撃が加えられた。それは電気文明の象徴であった。ポテンシャルエネルギーを回転力に変換し、それによって電磁誘導を惹起し、電子の流れを誘発する偉大な機械。それがいま、金属バットやら岩塊やらオートバイによる衝突やらでなすすべもなく蹂躙されている。
「なぜなんです。なんでこんなばかげたことが起きるんですか!」
「さてね。俺にもわからん。ただ聞いた話によると、これは全国的な現象らしいぜ」桐谷先輩はこめかみを揉みながら、「一部の狂信者がテクノフォビアにかかったんじゃないんだ。いいか、日本全土がこんなあんばいなんだぞ」
 タービンはいまや、見るも無残なクズ鉄に変貌を遂げつつある。なにをするのであれ、人びとが手に手を取り合って協力すればやってやれないことはないのだという勇気づけられる仮説を、これは最悪のかたちで実証するかっこうになった。
「あのうすばか野郎のせいですか」後輩は拳を握りしめている。「いやしくも教育を受けた人間が、あんなたわごとを真に受けるはずがありませんよ。あれが発端なわけはない。ぼくは信じないぞ」
「ええいくそ」桐谷先輩はバリケードを乗り越えて、狂乱のただなかへ飛び出した。「もう我慢できん。タービンを見殺しにできるか」
「無茶ですよ先輩。殺されます」
「このまま黙ってあいつが殺されるのを見てるくらいなら」桐谷のタービン擬人化には賛否両論あるだろう。だが発電所とともに歩んできた十年余の彼の職歴を、どうして斟酌してやっていけないわけがある? 「戦って殺されたほうがまだましだ」
 青年は混乱のなかへダイヴしていった。喧騒と怒号、土煙と悲鳴、どす黒い血しぶきに骨の砕ける音。
 数世紀ほども経ったのち、ついに史上まれに見る愚行は終焉を迎えた。人びとは一仕事終えたあとの気だるい達成感に包まれながら、武器を片手にぶらぶら帰途についている。
 桐谷は血だまりのなかに臥している。後輩が駆け寄る。古今東西あらゆる武器で殴られ、切り刻まれた彼は、使い古されたボロ雑巾に似ていた。
「これを持ってけ」指の骨がめちゃくちゃに折れているにもかかわらず、彼はなにかを大切に握っていた。「いつか役に立つときがくるはずだ」
 それは整流器とカーボンブラシだった。タービン内部の精密機械である。「先輩、こんな取るに足りない部品のために命を賭けるこたないでしょうが」
「テクノフォビアの嵐が過ぎ去ったとき」血反吐をぶちまけた。彼の命の灯火は消えようとしている。「誰が文明を再建するんだ? よく考えてみろ」
「知りませんよ。もの好きなお偉方でしょう」
「ばか野郎! 俺たち技術屋がそれをやるんだろうが。そのときにこれが残ってれば、たとえ製造ノウハウが失われててもリバースエンジニアリング解析ができる。パーツを復元できる。タービンを製造できる。ちがうか?」
「でもぼくなんかになにができるってんです。しがない発電所の保守作業員風情に」
「なんでもできるさ」桐谷はゆっくりと目を閉じた。「頼んだぞ」
 後輩は亡骸を埋葬すると、洟をすすってあとでもなく歩き出した。ポケットには整流器とカーボンブラシ。
 各地ではますます〈打ち壊し〉がヒートアップしていた。

     *     *     *

「じいさん、本当に動くんだろうな」生意気な少年は、目の前の巨大な設備にも物怖じしていない。「滝の落下からエネルギーを取り出す。そんなことできるのかねえ」
「まあ見てることだ、坊主」老人はダムの開閉スイッチを前に逡巡する。もしこれが機能しなければ、彼のやってきた何十年にもわたる復元作業はすべて無意味だったことになる。にもかかわらず、老人は驚くほど落ち着いていた。「滝の落差――つまりポテンシャルエネルギーをトルクに伝える。内部の磁石が回転することで電磁誘導が起きる。何世紀も前に発見された理論だ」
「またじいさんの繰り言が始まった」意地悪く少年は笑った。「ま、おもしろいから付き合うけどさ」
「ちびるなよ、小賢しいガキめ」
 老人はためらわずにスイッチを押した。まずは炭化水素で動く小型発電機から電力が発生し、ダムの放流弁を駆動させる。弁が開いて何万トンもの水が勢いよくほとばしる。滝となって流れ落ちる水が水車に叩きつけられる。いまのところは順調だ。
「なにも起きないぞ、じいさん」
「まあ待て。これが成功してれば、変電所は大わらわのはずだ」老人はほとんど独り言のようにつぶやきながら、「ついてこい。絢爛豪華なショーが待ってるぞ」
 少年と老人は制御室の外へ出た。すっかり陽は落ちてあたりは真っ暗である。だが、見るがいい! 町が……町が光の洪水に満たされている!
 その瞬間、老人はここまでこぎつけるまでに潜り抜けてきた幾多の困難を思い出した。部品の製造、送電線の補修、水力発電所の復旧、そしてそれらに協力してもらうための勧誘行脚。どれもつらかった。長かった。気づけば誰とも結婚することなく老年期に入ってしまっていた。老い先の短いことに焦りを感じていた。ことによるともう、生きているあいだには無理かもしれないとなかば諦めてもいた。
 だが、やってのけだ。彼はやってのけたのだ。
「じいさん、こりゃいったいどういうことだ? 町が輝いてる。まるで昼になったみたいに!」
「坊主、あれが電気なんだ」涙は滂沱のごとく、頬を伝っている。「ぼくらがずいぶん前に手放した。ぼくらは途方もなく愚かだった。でもついにやった。戻ってきた。光が戻ってきたんだ」
「きれいだなあ」少年の瞳は好奇心いっぱいに見開かれている。「電気ってなんなんだい、じいさん」
「すべての物質に宿る粒子さ、坊主」彼は謙虚につけ加えた。「ぼくらはそれを動かして、流れにしてるだけなんだ」
 少年はもう聞いていなかった。はしゃぎながら夜道を下っていく。この興奮を友だちとわかちあいにいくのだろう。老人はそれをほほえましい心持ちで眺めている。
「桐谷先輩、ぼくはやりましたよ」ポケットから例の整流器とカーボンブラシを取り出し、高らかに掲げた。「光を取り戻したんです。保守作業員風情のやった仕事にしては、立派なもんでしょう?」


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