1. トップページ
  2. 後出しジャンケン

吉岡 幸一さん

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

後出しジャンケン

17/03/06 コンテスト(テーマ):第101回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 吉岡 幸一 閲覧数:344

この作品を評価する

「ジャンケンで負けたらこのカメラをあげる」
 病で亡くなる三ヶ月前、母はいたずらな笑みを浮かべながら俺に挑んできた。
勝負好きで負けず嫌いだった母は形見としてカメラを渡すにしても、ジャンケンで勝ってから渡したかったようだ。母がグーを出した後、俺は後出しでチョキを出してわざと負けた。病で弱った母に勝つわけにはいかなかった。俺がちょうど二十歳のときだ。
「恋人ができたらこのカメラで写しなさい。
あんたが幸せになれる相手だと思ったら、背後に私は写りこむから。その子と結婚しなさい。けっして私が写っていない相手とは結婚しないようにね」
 母はカメラを渡しながらこんな遺言を残した。受け取ったカメラは掌サイズのありふれた白いデジタルカメラだった。
「母さんがジャンケンで勝ったら言うことをきいてやるよ。負けたら俺は写真に写っていない相手でも結婚するからな」
そういうと母はすぐに乗ってきて腕をふった。「ジャンケン、ポン」母の勝ちだった。
子供の頃から母と俺はなにかにつけてジャンケン勝負をしてきた。食事の皿洗いやゴミ出しだけでなく、進学するときはジャンケンで勝った方の意見で受験校を決めたりもした。教育上問題があるような勝負でも母は勝ちたがった。相手が子供でも関係なかった。
勝敗は五分五分といったところだろうか。負ければ賭けた内容は絶対守らなければならない。それが暗黙のルールだった。
ジャンケンに負けた俺は母との最後の約束をまもった。たとえ死んでしまったとしても、勝負で決めた約束を反故にするつもりはなかった。俺は男だ。
恋人に恵まれることもなく気がつけば三十歳になっていた。この歳までカメラのシャッターを押す機会がなかった。しかしそんな俺にもついに恋人ができた。三十にしてはじめてできた恋人だった。この恋人を失えば永遠に俺には恋人なんてできないだろう。
俺はとても困った事態に陥ってしまった。ついに母の残したカメラで写真を撮らなければならなくなったからだ。
心を決めて母の遺言を守り恋人の写真を撮った。写真に母の姿は写らなかった。撮らなければよかったと思いながらも、確かめないわけにはいかなかった。
「どうしたの、浮かない顔して。そんなに変な顔して写ってたかな」
 恋人は怪訝そうに俺の顔をのぞき込む。
 適当にごまかしてはみたが、俺の心は曇っていくばかりだった。
「なあ、ジャンケンに勝ったらもう一枚撮っていいか」
 返事を聞く前に腕を振ると、恋人は俺がグーを出した後で不思議そうにチョキを出した。ジャンケンに勝った俺はもう一枚撮ったが結果は同じだった。
 恋人と別れ、別に新しい恋人を探すことなんて俺にはできなかった。あまりに愛していたからだ。俺は母との約束を破って結婚をした。恋人は妻になった。
 約束を破ってしまいかなり後ろめたかったが、母に償うためにも幸せになろうと努めた。俺は人一倍働き、人一倍妻を大切にした。やがて子供が生まれた。母からもらったカメラはまだ現役で使えた。恋人を写すためのカメラが、家族との思い出を記録するために使われていた。
 ある日、妻は撮りためた写真のデータをプリンターで印刷していた。
「昔あなたが撮った写真に変な女の人が写っているわよ。これって、お母さんじゃないの」
 そう言って妻が持ってきた写真は俺が妻と付き合い始めて最初に撮った写真だった。
「そんな馬鹿なことがあるもんか」
 受け取ってみるとそこに写っているのは紛れもなく母だった。妻の後ろで陽気な顔でピースサインをしている。
「幽霊かしら。幽霊にしては元気そうだけど」
「いや、絶対に写っていなかったはずだ」
「いいじゃない。昔は写っていなくて、今写っていたって。お母さんたら、こんなに嬉しそうな顔しちゃって」
 カメラを触る子供を膝の上で遊ばせながら、妻は楽しそうに写真を眺めている。
 妻の屈託のない笑顔を見ていると、ああ俺は幸せなんだ、と思った。
 結婚して子供にも恵まれた。宝くじに当たったわけではないが、大きな不幸もなかった。気がつけば人並みの幸せを手に入れている。
『あんたが幸せになれる相手だと思ったら、背後に私は写りこむから……』母はそう言っていた。
「後出しジャンケンか」
 負けず嫌いの母らしい、そう思って写真をみると母は片目をつぶって舌を出していた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/03/06 まー

粋な後出しジャンケンをする母さんですね(笑)。
親子愛に溢れた優しい作品をありがとうございます。

17/03/30 吉岡 幸一

まー様
コメントをいただきありがとうございます。
感謝いたします。

ログイン
アドセンス